まいごのシャルル「02.ラオワンのおさんぽ」



 ラオワンはいつも同じ道を同じ時間に歩いていました。それはもう毎日きっかりと同じ時間なので、町の人たちは時計を見なくても、ラオワンが歩いているのを見かけるだけで何時なのかわかるぐらいでした。

 朝は家の近くにある小さな湖まで散歩をし、ぐるりと湖を一周したら、小さな食堂で豆乳とねじねじ揚げパンの朝ごはんを食べました。食堂のリーおばさんはラオワンが席に座ると同時に、あつあつの豆乳と揚げたてのねじねじ揚げパンをテーブルに置くのでした。注文を聞くこともしないで!しかし、ラオワンがそのことに文句を言ったことは一度もありませんでした。



「ご注文はなんですか?」なんて、わざわざ聞かなくても、リーおばさんにはわかっていました。ラオワンはかならず、冬の間はあつあつ豆乳に揚げたてねじねじパンを少しひたしながら食べるのです。そして、夏になると少し冷ました豆乳ーこれはラオワンが望んでいるからではなく、他のお客さんみんなが真夏にあつあつの豆乳は飲みたくないと言うので、お店の豆乳が全部冷めているからなのですがーと、揚げたてのねじねじパン。ねじねじパンを豆乳にひたしなが食べ、残った豆乳に砂糖をひとさじ。途中の新聞スタンドで買った新聞を広げて最後のページを読み終わると同時にきっちり豆乳も飲み終わるのです。



 夕方には、ラオワンはぐるりと近所を散歩しました。通りに腰かけたナィナィおばあさんはラオワンが家の前を通りすぎると、「そろそろ夕ごはんの準備でもしようかね」と、家の中に入っていきました。ラオワンはゆっくりと歩いて、鐘の楼閣の下にある公園のベンチに腰掛け、日が暮れる前にゆっくりと家に戻りました。公園で遊んでいる子どもたちは、ラオワンがベンチから立ち上がると、「おうちにかえるじかんだ!」と、次々に公園を飛び出して大急ぎで家に戻っていくのでした。



 この町ではラオワンだけでなく、町のみんなの毎日が同じように繰り返されて過ぎていきました。変化といえば、ただ季節だけがゆっくりと移り変わっていくだけでした。鐘の楼閣が昔からずっと変わらずそこにあるように、変わらない毎日が続いていたのです。あの不思議なため息が通りに響くまでは!

ながみみシャルルの物語 〜まいごのシャルル〜
つづく ▶︎03.ため息の正体




まいごのシャルル「01.春はまだ」



 ある日の午後のことでした。もう暖かくなってもいい春の日だというのに、この町は季節が変わるのを忘れてしまったかのように、いつまでも冷たい風が吹き抜け、通りには砂ほこりがまきあがっていました。

 太陽のわずかな光も、小さな古い家の中までは入ってこないので、ナィナィおばあさんはひざしを求めて家の前の通りに小さな古い木のイスをだして座りました。ときどきやってくる冷たい風と砂ほこりに肩をすくめながら!

 それでも、窓の小さなうすぐらい家の中でじっとしているよりはましでした。ここに座って編みものでもしていれば、通りかかった誰かが「やぁ!ナィナィばあさん、ごきげんはどうだい?」とか「おひるごはんは食べた?」と、声をかけてくれました。その日あったおもしろい出来事を最初から最後まですっかり話してくれる人もいました。
 



 ナィナィおばあさんは編みものをして疲れると、おばあさんが生まれるよりずっとずっと昔からあった鐘の楼閣とそばにはえた大きな木を眺めました。
 
 おばあさんは、灰色のレンガを積み上げた立派な大きな楼閣の前で、大木の葉っぱが風にゆれ、葉のすき間から木漏れ日がキラキラと輝く様子をみるのが大好きでした。春や夏には緑が生い茂ってそれはそれは立派な木なのです。真夏の太陽が照りつけるような日には、街のみんなが木陰に集まって涼むのでした。
 



 しかし、ナィナィおばあさんの大好きなその大きな木も、残念ながら秋にすっかり葉が落ちて、今は枯れ木のようでした。《若葉がでるのはまだまだ先のようだねぇ。今年はいつもより遅くなりそうだよ》と、ナィナィおばあさんは深いため息をつきました。
 
 そのときです。おばあさんよりも、もっともっと深く寂しげな長い長いため息がどこからともなく聞こえ、通りに響き渡ったのです。《いったいぜんたい、だれだい!》と、おばあさんはあたりをゆっくりと見渡しました。《こんなに寂しげなため息はきいたことがない!》

 家の斜め前にある小さな売店の角で何かが動いたようでしたが、通りの反対に目を向けていたナィナィおばあさんはそのことにまったく気がつきませんでした。

 ため息の主はだれだったのか、このあと何がおこったのか、おばあさんはずいぶん後になってから近所に住むラオワンから聞いて知るのですが、今はどこからか聞こえてきたため息にただ首をかしげるのでした。

 「今日はなんだかおかしな日だね」と、ナィナィおばあさんはつぶやきました。どこからか悲しげなため息が聞こえてくるし、いつもならとっくに家の前を通り過ぎているラオワンの姿がちっとも見えないのです。編みものをする手もさっきからすっかり止まっていました。    



 いつもと違うというのはなんだか落ちつかないものです。
「こんな日は早く夕ごはんを食べて寝てしまうにかぎるね」
 
 そう言って、ナィナィおばあさんは編みかけの毛糸を片付けると、イスを持って家の中にゆっくりと戻っていきました。遠くからおばあさんの後ろ姿を見つめる視線と2度目の小さなため息にはまったく気づかずに。

ながみみシャルルの物語 〜まいごのシャルル〜
つづく ▶︎02.ラオワンのおさんぽ