第7回 王志杰 (ワン・ジージエ)「故郷新疆には、ゴビ砂漠に高い松がそびえたつ。将来の夢、理想の教師像とは」
第7回のインタビューは日中交流会で知り合った華東師範大学3年生王志杰です。何事にも熱心、積極的できらきらとした目が印象的な、模範教師のような学生です。そんな彼の故郷は新疆。彼の目に映る故郷・上海はどのような姿なのでしょうか。
故郷は新疆―料理と人が豪快
故郷はどんなところ?
新疆の田舎町、沙湾というところ。中国南部と違って北部は水資源に恵まれていない。都市中心部を離れるとゴビ砂漠が広がり、高い松の木が聳え立つ、そんな風景。春と秋が短くて、夏と冬が長い。夏だと日中が特別長いので22時くらいになってやっと外が暗くなる。だから皆散歩しながら買い物に行ったりして、のんびり家族との団欒を楽しんでいる。ちなみに冬は豪雪で氷点下20度にもなる。
それから新疆の料理は塩や香辛料など調味料を多く使った濃い味付けが多い。特に鶏肉のぶつ切りを炒めて大皿に盛った沙湾大盘鸡という特産品が有名。この料理と新疆の人々の気質には通ずるものがある。皆豪快なんだ。上海はどちらかというと淡泊かつ甘い味付けで小さなおかずが多く出てくるよね。
なぜ遠く離れた上海に来たの?
一度も家から出たことがなかったから、遠くの栄えた都市に行ってみたかった。中国の最西部にある故郷から4500kmも離れたこの地に。あとは北部より、南部のほうが日本に行く機会が多いから。
上海に来てから気づいた故郷の良さはある?
上海で家庭教師をする中で、たくさん良いところに気づけた。新疆の実家では週末は勉強せず、家の小さな中庭で読書しお茶を飲みながら、昔ながらの田園生活を送っていた。放課後の補講がなかったから、学習に対するストレスを感じず自由な生活を送っていた。
上海では忙しさに追われてばかりだけど、気づけば夢がなくなって意味もなく忙しく過ごしているように時々感じることがある。緊張状態が続いてずっと落ち着かなくて、精神的に疲れてしまう。例えば故郷ではのんびり映画を見る時間があるけど、上海では映画を見ながら勉強したり、ご飯を食べたりする。集中力が散漫して結局どれも中途半端に感じるね。将来多くは望まないから、自給自足で来てゆっくり本を読めるような幼いころのような生活を送りたいな。
将来は数学教師になる。でも憧れは村上春樹みたいな作家
普段はどんな大学生活を送っているの?
普通の大学3年生の生活を送っている。授業に出て、復習して、テスト前の1か月は図書館にこもる、そんな感じ笑。僕は新疆出身だから、高考の結果で人生が決まると思っていたけど、入ってから違うと気づいた。大学卒業後の具体的な目標が大事なのにしばらく見つからなく悩んだなあ。今では村上春樹のような作家になりたいという夢があるけど、自分の専門と夢とのギャップが大きいから迷う時間が長かった。今でも大きな夢は変わらないけど、それまでは物を書くのに必要な経験を積もうと思うようになったよ。交流会などで様々な国の人や事情について学んで視野を広げようとしている。現代人は他人の人生に目を奪われて孤独な感覚に陥ることが多いように思うけど、僕たちは皆人生の作者で記録者なんだ。大学生活でいろいろ試してみて、こうやって自分が何をしたいかを考えられたからよかったと思う。
ではなぜ数学専攻を選んだの?
成績が一番良かったからかなあ。実は理系科目の中だと化学と数学が特に好き。でも家族にお給料が少し高い数学教師の方が安定した生活を送れると指摘されたんだ。自立して生活していくためにやっぱりお金は重要だから。
卒業後の予定は?
まずは数学の教師になりたい。それから数年働きながらいろいろな地方や国に行って、経済的な余裕ができたら30歳前後で定住したい。
上海に残るの?
いや、新疆に戻って教師になる予定。上海に来て、教育環境がいかに重要かを学んだ。大都市である上海の学生は教育環境に恵まれて、名高い高校、大学へと入る。自分の経験や数学の専門知識を生かして子どもたちに少しでも多くを教えたい。そのためにまずは自分がちゃんとした人間であろうと思う。将来ある一定の地位に就いたら自分の言動や行動が他人に影響を及ぼすと思うから。
ちゃんと遊んで、好奇心旺盛な子どもを育てたい
教育において一番重要なことは何?
華東師範大学の校訓、求实创造,为人师表(実際を重んじ創造し、人の手本となる)かな。教師になるには専門的知識を要するけど、もっと重要なのは自分がどのような教師であるか。つまりは人徳。それは生徒においても一緒。僕はずっとテストが大嫌いだった。テストの成績だけをもとに生徒の出来を判断し、ランク付けすることに対してずっと嫌悪感を抱いていた。重要なのはテストの成績の高低ではなく、成績に反映されている生徒の学習状況や心理状態を理解しようとすることだと思う。
故郷との教育格差についてどう思う?
上海は中国で一番発達したところ。でも新疆は北西に位置していて発展が著しく後退している。まずは工業の発展が重要で、教育は発展過程の最後に位置しているからまだ長い時間を要する。上海の子どもたちは幼いころから勉強するから学び取ることも多いし、知的好奇心豊かで自発的に学ぼうとする。学習が食事と同じくらい自然なことに感じられるくらいにね。教師になったら知的好奇心を持てるように子どもたちを育てたいと思うけど、勉強とか体育だけじゃなくちゃんと遊んで青春時代を過ごしてほしいな。
インタビューを終えて
長いインタビューだったにも関わらず、まっすぐな目で丁寧に、一つ一つの言葉に気持ちを込めて話してくれました。インタビュー後に彼が国家についてどう思うのかと聞くと、こんな答えが返ってきました。「国外に行ったことがないから外からどう見えるかは知らないけど、中国文化や文学に親しんできた僕にとっては中庸の国。非難や衝突を好まず、友好的な手段で問題解決しようとする。」国外でこのように中国が語られることは少なく、政治学ではこのような思想を懐疑的に捉えることが多いと思います。でも目の前に座っている、まっすぐな文学青年には、確かに中国という国が穏やかな表情に見えている。今の政治情勢ばかりにとらわれず、この国のことをもう少し広い目で見てみることも時には重要なのだろうなとはっとさせられました。
Ryoko Hasegawa: 秋田の国際教養大学グローバルスタディズ課程4年生、長谷川綾子(りょうこ)です。1995年生まれ、出身は大阪です。2016年の香港大学への交換留学を経て、2017年秋から華東師範大学に1年間の予定で公費留学中です。地方から上海に進学してきた若者へのインタビューを通して、中国人の多様性、彼らの故郷・将来への思い、学生生活について少しでも伝えられたらと思っています。どうぞよろしくお願いします。