Away from home in Shanghai ~大都会上海で暮らす学生のすがた~

第6回 「文学から思想を学ぶ―教育と思想は相関関係にある」

第4回インタビューは現在教育実習をしている友人(匿名)です。普段は一見能天気に見える人ですが会話の端々に現実的でクリティカルな視点が垣間見えます。

上海には自分の時間、空間がある

故郷・上海は自分にとってどんなところ?
故郷は経済がまだあまり発達していない山西という中国の中部地区。故郷では人との距離が近すぎると感じることが多いけど、上海は一定の距離感を感じる。上海は発展していて、開放感がある。私は個人的に、上海にはもっと自分の時間、空間があるように感じるから好きだよ。上海には成長できる可能性がたくさんあるからこれからも住み続けたい。両親も同意しているしね。



「上海には自分の時間、空間がある」
 

教育実習を通して気づいた教育格差

どんな大学生活を送っているの?
授業に出る以外はサークル活動のようなものやクラスの集まりに参加している。インターンシップでは上海の高校に出向いて教育実習をしたりもしたよ。

故郷の高校、上海の高校の違いに気づくことはあった?
まず、上海と故郷では使われている教材が違う。また、高考の点数配分や必要受験科目数も違う。例えば山西では6科目の受験が必要なところを上海では4科目のみの受験で済む。山西の人口は多いのに定員が少ないから名門校への入学はかなり難しい。特別良い教育資源にも恵まれていないね。

この格差についてはどう思う?
この現象はどうしようもないと思う。一线城市(上海、北京、広州、深圳などの大都市)で生まれ育った若者が大学に入学できなければは社会的に不安定な分子になってしまう。家はここにあるのに教育が受けられないと社会的な問題もたくさん起こりうるから。だから一线城市の学生に対して優遇措置が設けられていることは理解できる。優遇されているとはいえ上海でも名門校に通わないとなかなか良い大学には進学できないし。


上海と山西の高考受験科目数比較。(友人が受験した頃とは科目数が変わっているようです)
 

文学を通して思想を学ぶー教育水準の低さは思想にも影響を及ぼす

学部では何を勉強していたの?
学部では中国言語・文学専攻で、古代中国語、現代中国語、中国や国外の文学作品を勉強していた。幼いころから本を読むことが好きだったから。
文系学部、特に文学部は最近存在意義を問われているけど、学部研究で何を学んだと思う?
文学部の研究は社会に入って役に立たないからもっと専門的な技能を身に着けるべきという人が多くいるけど、私はそうは思わない。中国語で「无用之用(役に立たないと思われることがかえって役に立つこと)」という言葉があるようにね。私は本科生の時、国内外の文学作品を多く研究した。文学自体の内容は確かに時間が経つと忘れてしまうかもしれないけど、学習の課程で様々な思想に多く触れることができた。一つの具体的な技能を学ぶことによって思想は学べないけれど、私たちは文学から思想を学ぶことができる。すると思想から1人の人間の教育水準の高低やどのような人間かを判断することができる。中国でも抗日映画や過去の歴史のせいで未だに反日感情を抱いて、不買運動等をする人がいるけれど、それは彼らの思想や教育のレベルが低いからだと思う。

大学卒業後の予定は?
まだ決めていないし、正直明確な目標は立っていない。でも教師にはあまりなりたいと思わないかな。試験のために何かを教えることにあまり気が進まないし、高考の言語の科目等では文化や政治との関係が強い内容が多々見受けられる。私がその内容を教えることによって、学生の思想に制限がかかってしまうことが嫌なんだ。

インタビューを終えて
普段はとても気さくな人ですが、今回インタビューをするとなると少し硬い表情になってしまい、話を深堀するのに苦労しました。以前大学の講義で政府に対する失言をして追放された教授のことや、ネット上での発言について友人が話してくれたことがあります。おそらく今回発言が消極的だったのも一人の教師としての自分の立場や発言について人一倍気を付けているからだと思います。
彼女が言うように、やはり地方都市に行くと反日感情を表す人が多くなるように思います。雲南に旅行した時には「日本人・犬お断り」と掲げる看板を目にしたこともあります。都会にいると考えることがなくなってしまう歴史問題もやはり地方都市では人々の記憶に未だ深く刻まれています。歴史問題の解決や教育水準の底上げはそう簡単に実現することではありません。だからこそ両国民間の実際の交流や対話の機会を増やすことが重要なのだと、改めて思いました。実際雲南でもあまり嫌な思いはせず、親切な方にもたくさん出会いました。観光地化が進み外国人との接触が増える中、人々の意識も変わりつつあるのかもしれません。



雲南で目にした看板
 


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第5回 于瑞川 「ボランティアは社会を理解する手段」

第5回目のインタビューは現在上海交通大学公共管理学部4年生の于瑞川(ユ・ルイチュアン)です。同じ奨学金団体のプログラムに参加していたことをきっかけに知り合った彼。のほほんとした性格、口調の中にも彼の鋭い視線がうかがわれます。



大学の洋食レストランにて。
 

ボランティア活動を通して中国の発展について学ぶ

普段はどんな大学生活を送っているの?
学習以外もインターンやボランティア等の課外活動に参加している。例えば大学2・3年の夏休みには中国中西部の田舎でのサマーキャンプでボランティア教師をしたり、大学4年次に早稲田大学に留学していたときは日本の小学校で中国を紹介した。大学内では海外の著名な科学者を招いた特別な講義に参加し、時には遠方を訪ねた。大学や奨学金団体が提供してくれた機会に感謝している。

どうしてボランティアに興味があるの?
社会を理解する手段の一つだから。自分自身も幼いころに農村で育った身として、やはり農村部と都市部の格差が大きいと感じる。公共サービス、生活の利便性,生活スタイルなど、様々な側面でね。中国の農村部は地理的に不利な位置に置かれているので、なかなか発展しにくい。また、地元の若者が都市に出て仕事をしたがるので、人口流動も加速している。この格差をなくすには長い時間がかかる。

ボランティア活動の内容は研究テーマと関係ある?
あるよ。所属する公共管理学部では、国家や市民の生活という側面から、どのように中国の発展を理解し、更にはどのように発展過程で生まれた問題を解決するかを学んでいる。卒業後、ハンガリーの大学院でも引き続き比較政治を学ぶ予定。東南アジア諸国の多くは中国と同じく社会主義の影響を受けているが、違う発展の道をたどった。それぞれの発展の課程や問題を学びたい。

中国の発達する中、直面している一番の問題はなんだと思う?
都市と農村部、貧富の差が大きい。これらの問題はだれか1人の手によって発生したものでも解決されるようなものではなく、大衆全体が向き合い、解決に努める必要がある。

将来はどうしたい?
国際組織か国境をまたがる企業で働くか、研究を続けたい。まだ明確ではないけれど。



日本の小学校でのボランティア活動の様子 
 

沿岸経済都市・青島から上海へ

故郷はどんなところ?
故郷は青島。沿岸都市で、中国では最も早い段階で解放された都市のひとつ。山も海もあって、海鮮が美味しいし山東省で最も高い山である崂山もある。歴史的には、青島は春秋戦国時代からある古代都市。ドイツの租借地として、その後は日本の占領によって現代化した。未だに当時の建築や青島ビール等、ドイツや日本の影響が色濃く残る。また、青島は地域の経済の中心。日本と韓国との関係がとても強く、商業の往来が盛ん。公共交通手段も発達していて、生活は一般的な都市生活という感じ。

上海の印象は?故郷と何が違う?
国際化のレベルがやはり違う。そして上海で生活している人は全国、世界各地からやってきている。交通や生活において利便性が高いし、教育レベルも高い。ここに来て勉強できて幸運だと思う。

卒業後上海に残りたい?
今はあまり残りたくない。まず、外地人として上海に残るのはあまりにも障壁が高い。戸籍制度によって、上海人と同じ公共福利を享受するために彼らより多くの仕事や時間を要する。他の条件はまずまずだけれど、僕は個人的にまずは異国に行って見識を深めたい。もし仕事の機会があれば戻ってきたいけれど期的に住むのは厳しい。

故郷への思い
故郷は僕にとって変わらない場所。青島は発展した街だけど、上海に比べたらまだまだ遅れている部分が多いなと気づいた。でも当分の間僕は外にいるし、すぐに帰る気はない。



青島の街並み。租界時代の建築が今も多く残る 
 

インタビューを終えて
今回のインタビューから浮かび上がったのは中国の農村部と都市部の発展の格差。香港留学中に中国の地理についての授業を受講していましたが、中国沿岸部と内陸部、南部と北部の発展の差に驚きました。実際現地を訪れてみるとなおさらです。一帯一路政策の影響もあってか、最近は内陸部の開発も進んでいるようですが、まだまだ先は長そうです。また、ボランティア活動で得た経験を一過性のものではなく、しっかりと研究に活かそうとしている彼の姿勢に感銘を受けました。


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第4回 艾雨 「朝鮮族や日本人、様々な文化や価値観に触れ、自由に生きる」

第4回目インタビューは東華大学日本語学科4年生艾雨(アイ・ユー)さんです。大学進学を機に自らの視野を広げるために大都市上海にやってきました。友人の紹介で上海で知り合ったのですが、なんと秋田に留学経験があるという彼女。インタビュー中地元トークで盛り上がりました。



東華大学の最寄り駅、延安西路にて。
 

北朝鮮との国境で生まれ育つ

アイユーの故郷ってどんなところ?
私の故郷は中国東北部の街、遼寧省丹東市。北朝鮮との国境に接していて、実際新鴨緑江大橋という橋で北朝鮮と繋がっている。北朝鮮の近くだから危ない印象を受けられがちだし、私自身幼いころは核実験や戦争を恐れて引っ越したいなと思ったりした。でも、国境に接している影響で朝鮮族の人が多く、独特の文化を持つ程よく発展した街です。最近は緊張が少し緩和したおかげで、丹東の印象が良くなって家賃も上がったみたい。

朝鮮族、「独特の文化」って?
中国と朝鮮、2つの文化が影響しあって、共存しているということ。北朝鮮と国境を接しているので、丹東には朝鮮族、北朝鮮から出稼ぎに来る人がたくさんいる。だから中国語と朝鮮語、どちらも話されている。街の看板にはハングルが併記されていて、料理も中華料理と同じくらい朝鮮料理もよく食べる。昔は朝鮮語しか話せない人もいたみたいだけど、今は朝鮮族の人も中国語を話すようになった。



丹東と北朝鮮を結ぶ橋、新鴨緑江大橋
 

アイユーも朝鮮族なの?
私は朝鮮族ではなく、漢族。でも父は満族だから、本当は満族になる予定だったけど、戸籍の手続きに手違いがあって母親のほうの漢族になってしまった。満族だったら高考で追加点もらえたのに、と思ったりもする。笑 満族も昔は独自の言語を話したけど、今は皆普通語を話すね。

上海で気づいた北と南の文化の違い

東北部、特に丹東と上海は全く違うよね。上海に来て何か気づいたことはあった?
地元の方が田舎だから、人が優しくていい意味で世話焼きな人が多い。中国の北部は男性が強くて男らしいけど、上海は女性が強くて家事も男性がすることが多いのは驚きだった。
でも一番の驚きは北部と南部の風習の違い。南は食べ物が甘くて、北は辛いものが多い。最初こっちで甘いお粥を食べたときは慣れなかったなあ。あと、北部はどんな行事ごとでも餃子を食べるし、皆手際よく作るけど、南部の人は作れない人もいてびっくり。代わりに彼らは他の物を食べるね、例えば清明节のときは青团とか。

そういえば日本に留学中も東北・秋田大学に留学していたよね?故郷と比べてどうだった?
故郷と同じで、秋田は穏やかで人が優しいけど少し不便。だから就職は上海でするけど、いつか遊びに帰りたいなと思っている。あと、中国東北部は暖气の設備がしっかりしているから冬もあまり寒く感じないけど、日本はそうでもないみたいで冬の寒さが身に染みた。笑

北と南、両方見た今、中国ってどんな国だと思う?
とにかく広い。留学中に韓国人の人と付き合っていたことがあったけど、中国国内でもこんなに大きいから国家間の距離は全然気にならなかった。

ファーストリテイリングでインターン中・就職予定

大学生活について聞かせて。
もう4年生だから授業はほぼなくて、ファーストリテイリングでインターン中。3か月のプログラムで4月から6月までは店舗で接客、陳列等をしていて、7月からは正社員として生産管理を担当する予定。日系企業かつ昇進制度に優れているという点に惹かれて入社を決めた。

日系企業で働いてみて、何かきづいたことはあった?
細かいところにこだわることころ。例えば部屋に入る前には「失礼します」と必ず言って、部屋の人の返事を待たないといけなかったり。中国にいるとあまり周りに気を使わないから楽な分、ちょっと面倒くさいなと思う。でも留学中には挨拶をたくさんする日本の習慣はとても素敵だなと思ったよ。



1年間留学していた秋田大学での修了式の様子
 

これからも上海に残る予定?
上海は物価が高くて1人暮らしをするのが大変だけど、上海は日系企業もイベントも多いから日本語を活かせる機会がたくさんある。地元に帰ったら理想的な仕事はないし、給料も低いので上海に残って、1年に数回故郷に戻るのが一番だと思う。語学が好きで、今は韓国語も勉強しているから、ほかの仕事もしてみたい。

インタビューを終えて
今回のインタビューで印象的だったのは、中国の少数民族について。中国には約90パーセントを占める漢族のほかに55の少数民族がいて、独自の文化を形成しています。マイノリティは教育等様々な点で不利な立場に置かれており、それを克服するためにアイユーが言及していたように高考の際に加点される制度が設けられています。私自身も朝鮮族自治州である延辺に行ったことがありますが、中国にいるのに韓国にいるような、不思議な感覚に陥りました。現地の友人が、両親が出稼ぎに韓国に行っていて年に数回しか会えないと言っていたこと、朝鮮語よりも中国語を重視する人が増えていると言っていたことが印象に残っています。これから中国の少数民族、言語はどのように変化していくのだろうか、加点政策のような制度は本当に機能しているのだろうか。改めてこのような問題について考えさせられたインタビューでした。


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第3回 匿名 「雲南から、上海、海外へ。彼女の目に映る中国の姿とは」

第3回目のインタビューは現在上海交通大学の学生(匿名)です。香港留学中に出会い、私にとって初めてできた親しい中国人の友達である彼女。私の中で無意識的に形成されていた、あまりポジティブでない「中国人」のイメージを変えてくれた人物です。

雲南から上海へ

故郷はどんなところ?
雲南は曲靖というところ。上海に比べて小さい都市で、生活リズムももっとゆったりとしている。教育水準はあまり高くないけれど、幸福度は高いと思う。家賃も低いし、大気汚染もない。上海の人々みたいに常に高い目標を追い求めていないしね。

上海の印象は?故郷と何が違う?
故郷に比べて暑いというくらいかな。中学の卒業旅行で当時開催催されていた上海国際博覧会を見に行ったことがあったから大体想像がついた。故郷との一番大きな違いはやはり機会の多さ。上海は国際化が進んでいるからその分機会が多い。

雲南への思い
雲南で培ったもの、例えばリラックスした生活、自然を大切にする気持ちや「天人合一(本来天と人は一体であるという考え方)」という観念をこれからも大切にしたい。でも現代社会に生きる人は技術を使って居心地よい生活を送れると思うから、技術と自然、その二つの間のバランスをうまくとって生きていきたいと思っている。



雲南の自宅からの風景。家の前に湖が広がっている。
 

大学生活―香港やアメリカ、国外で勉強し視野を広げる

普段はどんな大学生活を送っているの?
忙しい。競争が激しいので不安に思うことも多々ある。頑張っても周りよりGPAが低かったりすると特に。でも学部がミシガン大学と提携していて授業がすべて英語で開講されていたりと、視野を広げられる機会が沢山あって充実しているよ。



上海交通大学の図書館の様子。
 

在学中の一番印象的な出来事は?
香港への半年の留学。半分遊びの感覚だったけど(笑)、いろんな人・考え方に出会えたおかげで自分の考え方を変える大きなきっかけになった。香港の学生は皆キャリア志向。一方中国の大学は学術志向。香港に行ってから自分のキャリア形成と大学生活はつながっていると気づいたから、帰国後すぐにインターンを始めた。

最近はカリフォルニアでプロジェクトをしていたよね?
そう。大学の授業の一環で、ミシガン大学の学生とのチームで様々なプロジェクトに取り組んだ。一番印象的だったのはシリコンバレー、スタンフォード大学で過ごした1週間。とっても活気があって、熱意を持った人がたくさんいて感銘を受けた。シリコンバレーのスタートアップで働いている卒業生の1人と話しているときに、「キャリア=自己投資」と言っていたのが特に印象的。アメリカは製品や組織、あらゆる面で管理制度に優れているなという印象。スタンフォードの本屋さんのカテゴリーの仕方とか、学ぶ意欲を駆り立て、自己研鑽できるもので溢れていた。香港と同じく自然も豊かでよかった。

様々な大学・場所で教育を受けた今、中国の大学教育についてどう思う?
交通大学の私の学部は奨学金や独特なプログラムを提供しているから少し例外的だけど、中国の教育はまだまだ海外から学ぶ必要がある。アメリカの大学のキャンパスは門がいつも開いている。それは同時に社会と大学が繋がっていて、オープンだということ。中国の大学は大規模なレクチャーが多すぎるから、もっと社会とのつながりを持つべき。学習態度も個人主義で、GPAばかりに固執しすぎ。



複数訪れた大学の中で一番印象的だったというスタンフォード大学
 

スイスの大学院に進学、その後もとどまる予定

将来はどうしたい?
今秋からスイスの大学院で技術経営と経済学を勉強して、その後もおそらくスイスに残って働くと思う。先進国はやっぱり生活水準も教育水準が高い。雲南に戻ることはあったとしてもしばらく先だね。

なぜ上海の大都市じゃなくて、海外にとどまるの?
上海にとどまってここで自分の将来を切り開くという道も確かにあるけれど、あまりにもプレッシャーが大きすぎる。中国はまだ発展途上国、街のインフラは素晴らしいし、表面的には発展しているけど、マインドセットはまだ10年くらい前の状態のまま。例えば、政府や会社の管理制度があまり発達していないし、規制も多いから、完全に安心感を得ることは難しい。この点が改善されて、自分が完全に自立して人生の目標も明確化されたら中国、故郷に帰ってきてもいいかな。まだまだ時間がかかりそうだけど。

中国のよい点・悪い点は?
客観的に見ると経済が急成長していて、GDP成長率も高い。その分機会も多いし、規制が及んでいないところではIT技術関連のスタートアップがどんとん発達している。環境汚染もましになりつつあるし、教育水準も素質も上がりつつある。逆に問題点は創造性の欠如。組織体制が概してトップダウンだから長期的な成長を考えるとあまりよくない。

インタビューを終えて
今回は、彼女との余談を紹介したい。彼女は同世代の学生には3タイプの人間がいると言っていた。「1つ目のグループは、小さい都市出身だが高考で一生懸命勉強して大学から都市、ときに国外で活躍する人。国際的な理解が低い場合、多くのこのタイプの人間は部屋を買うことやお金を稼ぐことだけが人生における目標になってしまいがち。なんせ田舎で資源がなくて辛い状態で育っているから。彼らはどうやってうまく資源をうまく利用するかを学ぶ必要がある。2つ目は、都市で生まれ育ち、あまり特別な努力なくして大学に入った人。彼らは現在の状態に満足しがちでモチベーションがなく、コンフォートゾーンにとどまりがち。一般的に視野が狭くて排他的。3つ目は、大都市で育ち、もっと上を目指す人。残念ながらこのタイプの人間は大学入学の時点で既に国外へ出ていく。私は1つめのタイプの人間だからもっと自分のパッションを見つけなければと今思っているところ。」あくまでも名門校に通う彼女の個人的なざっくりとしたカテゴリーだが、うまく言い表していると思った。やはり海外に出て勉強をしているだけあって、かなり冷静に、批判的に国のこと、自分の将来のことを考えられているという印象だ。「第1タイプ」に属しかつ資源をうまく活用できている彼女がこれからどう世界で活躍していくのか、とても楽しみだ。


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第2回 张 思「北京近郊から上海へ 上海で気づいた質の高い暮らし」

記念すべき第1回目のインタビューは現在上海外国語大学日本語学部2年生の张思(ジャン・スー)さんです。上海でなかなか中国人の友人ができないと知り合いの方に相談し、紹介してもらった私にとって初めての現地の友人である思ちゃん。大学進学を期に、2年ほど前に故郷の河北省は石家荘市を離れて上海にやってきました。



思さんお気に入りの場所、旧フランス租界地にて。雰囲気のよいカフェなどがたくさんあります
 

上海での発見:質の高い暮らし

故郷はどんなところ?
石家庄市は天津と北京の間に位置していて、高铁で北京から3時間くらい。一応河北省の省会城市だけど、北京と比べるとあまり歴史も深くなくてこれといった観光スポットではないかな。でも交通も便利だし地価も高くない。平凡な街だけど、何不自由なく暮らせる大好きな街だよ。



故郷の母校、石家庄外国語学校のキャンパス
 

上海の印象は?
上海はとてもいい街だと思う。おもしろいお店がたくさんあって、住んでいる人1人1人が生活を楽しんでいるという気がする。皆質の高い生活を求めている感じ。北京は首都ということもあって「中国っぽい」んだ。古い建物が立ち並んでいて、地名にも「宮」がついている。至る所で古い歴史を感じるね。上海ほどカフェとかも少ないし、首都だから政治的な色が強くて海外とのつながりが弱い。迷ったけど若いうちにオープンな上海に来てよかったと思うよ。

石家庄と上海の違いは?
まずはアクセントが全然違う。私の故郷はかなり標準的な中国語を話すけど、上海の人は方言も含め独特な話し方をする。
それから上海の女の子はみんなおしゃれ。自分のためにおしゃれをして、モチベーションを高めている。それが「高精致的生活(質の高い暮らし)」に繋がっている気がする。北部の女の人は「女汉子」と呼ばれるだけあって男勝りで直接的なものの言い方をする人が多いけど、ここの女の人はもう少しやわらかい印象で、それぞれ個性を楽しんでいる。もちろん、上海には休む間もなく忙しく働いている人もいるよ。対照的な2種類の人々を見て、私は生活を犠牲にしてまで働くような人にはなりたくないと密かに思った。

外国語学校から上海の外国語大学へ

上海にきたきっかけは?
中学から外国語学校に通っていて、その頃から日本語を勉強していました。進路選択の時、北京か上海、どちらの外国語大学に進学するか迷ったけど、海外の人や物が多く、オープンな雰囲気の上海に惹かれて上海に来ることを決意した。ずっと北部で生まれ育ったから南に行ってみたかった、というのも大きな理由かな。
ちなみに私は外国語学校に通っていたから幸い推薦枠をもらえて、高考を受けなくて済んだ。推薦枠は基本的に私みたいに外国語が得意な人や数学や物理で受賞歴がある人が対象。

普段どのような生活を送っているの?
郊外の学生街、松江に住んでいるよ。1年生の間はサッカーサークルと勉強に集中していたけど、今はのんびりとした生活を楽しんでいる。せっかく上海にいるのだからもっとこの街のことを知りたい、楽しみたい、そう思って週末は積極的に街に出るようにしているよ。そのほかにも、外部のスピーチ大会に参加したり、外に出てもっと広い世界を見ようとしているところ。



大学生活の様子。緑豊かなキャンパスにて友人と
 

寮生活について聞かせて。
4人部屋の寮に住んでいる。中国の寮は基本的にキッチンなしでシャワーも共有、でも特に不満はない。喧嘩する人もいるけど、私たちは基本的にみんな支え合って楽しく生活しているしよく一緒にでかけたりすることも多い。高校の時も寮に住んでいたことがあるから私は慣れているのかも。中国では高校3年生になって勉強が忙しくなると、家が遠い、勉強に集中したい、等の理由で寮に入る人が多いよ。

将来の夢はある?
まだ決めていないけど、上海で通訳の修士をとろうかなと考え中。修士だとキャンパスも中心地にあるからこの街のことをもっと知れると思う。でも実家に近い北京に戻ることも考えている。私は上海に残りたいけど正直上海は厳しい街だと思う。給料は高いけど、その分生活費も家賃も高い。家を買うなんて到底無理だし。将来が見えないし大きなプレッシャーを感じる。5年くらい頑張って将来の見通しが立たなければ故郷に戻るか小さい街に移るしかないかな。でもどこにいたとしても日本に関わる仕事がしたいなと思っているよ。

日中関係に対する思い

中学から日本語を学んできて、日中関係についてはどう思う?
中国人には、日本のどこが好き、と具体的にはっきり言える人がたくさんいる。例えば日本食とか、アニメとかね。でも日本人ははっきり言える人って少ないと思う。上海や北京を知っている人は多いけど、中国にはもっとおもしろいところがたくさんある。それをこれからもっと中国側がうまく伝える必要がある。
あとは民間交流が一番大事。外国語学校でも高校生の時1年間留学する人がいて、やっぱり若いうちから交流することって本当に大切だなと痛感した。高校生は大学生と違って毎日現地学生と同じ時間割で授業を受けるから、交流の程度が全然違う。政治的には厳しい過去があっても、日本と中国は近隣諸国で経済的にも重要なパートナー。世界はどんどんグローバル化しているし、そのポジティブな流れに乗るべきだと思う。

インタビューを終えて

終始穏やかな表情で楽しそうに話す彼女はすっかり「上海の女性」の表情をしていました。今回のインタビューでの新たな発見は外国語学校、推薦入試の存在。インターナショナルスクールに通う学生以外は皆統一試験である高考を受ける他ないと勘違いしていましたが、選択の余地が少し残されているようです。中国の大学入試には主に高考と呼ばれている統一試験のほかにも、推薦入試や、優秀な学生向けの枠である「保送」という制度もあるようです。
また、上海の女性は強い、といわれますがその「強い」の意味が少しわかったような気がします。自分の好きなこと、上質な生活を実現するために妥協しない、そんな「強さ」を持った女性なのではないかなと思います。新しい街に引っ越し、その土地での生活を楽しむ。そんな彼女に共感することがたくさんあり、本当に楽しいインタビューでした。


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BB第1回 「香港人と大陸人が口をきかないという驚き」

ニュージーランド→香港→そして、上海

こんにちは。国際教養大学4年、現在上海留学中の長谷川綾子です。
初回ということで、まずは私が上海にやってきた経緯について少しお話させていただけたらと思います。

私は幼い頃から英語に興味と憧れを抱いており、高校1年次には1年間ニュージーランドに留学し、国際教養大学に入学しました。

大学には台湾・香港からの留学生が多数来ており、親睦を深めていくうちに彼らの中国に対する微妙な感情に気づくようになりました。恥ずかしながら大学に入学するまでは「台湾、香港、中国」この政治的に不安定な関係性についてあまり深く考えたことがありませんでした。もっと彼らのことを理解したい、そんな気持ちから私の興味は北東アジア圏、中華圏へと傾倒していきました。

そんな中やってきた、3年次の交換留学。私は迷わず香港と台湾の大学を志望しました。高校在学時の留学とは違って、様々なバックグランドを持った人が混在しているアジアの国際都市に身を置きたいと考えていた私にとって、香港は特に理想的な留学先でした。

2016年1月から1年間、香港大学での留学生活が始まりました。



香港大学空手部の道場にて。ここでは中国本土の学生も香港の学生も一緒に練習に励んでいました。
 

香港人と中国人が口を効かないという驚き

留学中、私は香港・香港島にある香港大学の医療系学部向けのキャンパス近くの寮に住んでいました。約370人の寮生のうち、香港人、中国大陸からの学生、外国人の割合が大体7:2:1とローカル色の強い寮でした。香港大学の寮では、ドラゴンボートやソフトボール、合唱などのクラブ活動が盛んに行われています。

現地生が寮に住み続けるには寮内の活動に参加することが必須のため、彼らは授業後すぐにクラブの練習に参加し、帰寮すると休む間もなく夜深くまで日々の学習に取り組んでいました。多忙な毎日を送っているからか、最初あまり話しかけてくれなかった現地の寮生も、留学後半に突入すると心を開いて寮のイベントにも積極的に誘ってくれるようになりました。



寮のイベント”ハイテーブルディナー”。緑のガウン、セミフォーマルな服を着て食事を食べた後講義を受けます。
 

留学当初から抱いていたぼんやりとした違和感が大きくなったのは、ちょうどこの頃でした。

寮内のイベントに中国人学生の姿がまったく見えないのです。また、同じ階には中国人学生も現地生も一緒に住んでいるのにかかわらず、彼らが同じ部屋に割り当てられることはまずありません。イベントに誘わないどころか、廊下ですれ違って挨拶を交わすことすら稀でした。

現地生になぜ中国人学生と交わらないのかと聞いてみたところ、中国の学生はマナーが悪い、勉強ばかりでクラブ活動にそもそも積極的ではないから誘う必要はない、などと皆中国人に対するネガティブな意見を口にしました。

もちろん2014年9月に香港の高校生と大学生が中心となって「真の普通選挙」を求めて立ち上がった雨傘革命など、デモの様子は留学前から目にしていたので、香港の学生が年々存在感を増している中央政府に反発しているということは事実として知っていました。ですが、このような対立構造が日常的に学生の間でも存在するのかと、私は驚きました。

確かに、中国人の行動規範は香港の人のそれと異なるかもしれない。でも本当に彼らはマナーが悪くて勉強しかしない、つまらない人々なのだろうか。もちろん決してそんなことはありません。私が個人的に仲良くなった中国人の友人は、深夜まで中国語の授業のプレゼンの練習につき合ってくれ、将来の夢に向かって高い目標を掲げ努力を惜しまない、心優しく優秀で尊敬できる人たちばかりでした。

中国とそこで生きる人を知りたい
香港は政治的に厳しい状況に立たされており、若い世代が反発する理由もよくわかります。でも私は第三者として、彼らが反発する中国という国を、そこで生きる人たちをこの目で見て、もっと知りたい、そう思いました。そんな気持ちから一念発起し、現在日本の大学を休学し中国・上海の華東師範大学に、2017年9月より1年間の予定で公費留学中です。



留学中の華東師範大学。緑が多く、綺麗なキャンパスです。
 

私が上海に来て驚いたのは、この街の発展の勢い。次から次へと巨大な商業ビルが竣工していくことはもちろん、IT関連の技術が進んでおり、生活全般の利便性が非常に高いです。

空腹でも外に出るのが億劫なときはデリバリーサービスを頼み、歩くのが面倒なときはレンタルバイクを借り、レストランでお会計の時は電子マネーでさくっと清算。現金を持ち歩くことがなくなりました。無人コンビニなどもどんどん増えてきています。もちろんこの優れた利便性の裏には、社会問題や環境問題も潜んでいるということも忘れてはなりませんが、本当に何不自由ない生活を送っています。

地方からチャンス求めて上海にきた学生

そして何より、国際的な印象が強い上海には外国人のみならず、中国全土から人々が職や機会を求めて集まってきている、ということに気づきました。すると上海という大都会で暮らす中国の若者と、中国に反発しもがく台湾や香港の若者の姿が少し重なって見えました。中国という大きな国の影響下で、形は違えど懸命に生きているという点では彼らは同じなのではないか、そう思ったからです。

そこで、この連載では地方出身かつ上海在住の学生に焦点を当て、対話形式で進めていくことにしました。大都会で揺れる若者の故郷への思いや将来の夢を伝えることで、大きな国としてとらえてしまいがちな中国という国の多様性を読者の皆さんに伝えられたらいいなと思っています。

どうしてもどこか得体のしれないように感じてしまう「中国人」のイメージが、1人1人のストーリーを通して少しでも身近な存在の「人」へと変わってくれますように、そんなささやかな願いを込めて上海からお届けします。