日中すれ違い2「曖昧な“日中交流会”からの脱皮」 BBパートナーリレーコラム「日中コミュニケーションの現場から」第3週

2016年9月11日 / 日中すれ違い



北京に来てもう何百回も「日中交流会」に出たんだが。。。




 最近、日中の政治関係にやや雪解けのムードが漂う。何か妥協点が見つかったわけでもないのだが、お互いに必要とするものがあることは間違いない。ところで政治的関係が少し良くなるといつも出てくるのが「日中交流」という言葉だ。僕はこの言葉があまり好きではない。特にビジネスの話をしている時に使われるのと、その目的の曖昧さにいつも辟易する。

 「この分野は中国政府が力を入れているし、中国の市場も大きいので日本企業も関心が高いでしょう?両国の関係者を集めた交流会をやりませんか?」。交流会というイベントは通常、セミナー、シンポジウム、サミットのような会議体として設定されるが、その実内容は交流会的なものも多い。中国側だけの思い入れだけではなく、こういう話に乗ってしまう日本側の団体も少なくない。今でもごまんとある日中交流という名の行事、本当に成果があるのだろうか?

 僕がなぜこのようなことを言うかというと、今まで交流会という名の会議やイベントに参加して、ビジネス上の示唆とか実ビジネスにつながったという経験があまりないからだ。こんなことを言うと、「私は○○交流会で知り合った方とお付き合いが始まり、大きな商談ができた」と反論する人もいるだろう。確かに人を知る、友人を作るという効果はそれなりにあると思う。中国は人と知り合うことは大きな財産になるからだ。でも交流イベントの為に使った費用と労力を考えれば、企業として見た場合かなりコストパフォーマンスが悪いと思う。

 僕がこう喝破する背景には、最近の中国自身の変化がある。中国ビジネスにおいては、人件費のみならず事業全体のコストは高騰している。今やビジネスをする環境だと東京の方が安い場合だってある。また中国の産業界が求めるニーズも変わった。今や中国も「技術を持ってきてくれ」とは言わずに「エネルギーを消費せず環境負荷も少ない最先端の技術を持ってきてくれ」と言われる。さすがに対価は払ってくれるようになったが、それでも価格交渉は相変わらず厳しい。交流会で成果を出すハードルはますます高くなっていく。

中国は紛れもなくも経済大国であり、世界経済への影響力もハンパではない。だから中国側のニーズも戦略も大きく変わってきているのだ。ただ変わっていないのは「すべて政府が何かを決める」ということだけだ。だから日中交流会のような所にも、相変わらず中国政府の偉いさんがやってきて中国の政策を滔々と語る。中国側からみれば、交流会の格を上げるために政府高官が出席することが必須なのだ。そしてこうおっしゃる。「これは我が国の重点政策です。ぜひ日本企業に投資して欲しい」。もっとも最近ではこう言われることも増えた。「ぜひ日本や日本企業に投資したい」。

 日本企業の業績もとりあえずは好調だ、だから日本企業にカネがないわけではない。日本企業だって投資のチャンスを虎視眈眈と狙っている。だけど中国事業に新たな投資をするのだったら、まず本社の「中国本部長」クラスが評価することが必要だ。そのためには、もっと投資先の環境や内情を正確に伝えてくれる実質的な担当者の話が聞きたいのだ。

「政府の幹部が企業のトップに会えば話が決まる」と思っている中国側。「中国本部長の腹に入らない限り、物事は何も進まない」という日本側。しかしその媒介となるべき“日中交流会”は十年一日の如くの内容だ。

僕は交流会にもっと目的がはっきりしたテーマを与えたら良いと思う。例えば「環境技術売買商談会」、「中国有望チャネル買収情報交換会」、「アフター5サイドビジネスを語る日中ベンチャー企業の会」といった具合に。

今週末も何とかというサミットに出席する予定だ。僕はこういう交流会に出席していつも何かすれ違いを感じてしまう。「国家戦略とやらのややこしい条件がついた中国側からの事業提携ニーズ」と「以前よりも懐疑的かつ慎重になった日本側の事業提携ニーズ」は、すれ違ったまま交流イベントだけが進んでいく。もっと目的をしっかりもって日中交流会をやれば、日中でやれることは山ほどあるのに、と感じてとても歯痒い思いだ。

文:三宅玲子 | 写真:ファン





Yutaka Matsuno

投稿者について

Yutaka Matsuno: 本職:経営コンサルタント、現在:北京の清華大学研究者 本籍神奈川県、実は大阪人。北京在住。 京都大学大学院で環境を専攻し、1981年に野村総合研究所入社。 環境政策研究、先端技術調査、経営システム改革などを手掛けた後、2002年、突如会社からひとり中国上海に派遣され、現地法人野村総研(上海)諮詢有限公司を設立、約3年総経理を務める。 いったん帰国後、2007年再び北京に赴き、今度は清華大学と共同研究センター(清華大学・野村総研中国研究センター)を設立し、理事・副センター長に就任。 現在は中国の経済・産業の研究に従事。専門は中国政策、経営システム改革。