現在中国の大都市に住んでいる人なら誰でも実感できることがある。それは「中国の物価が高い」ということだ。僕はたまに日本に行くと「日本のモノは何でも安い」と実感してしまう。北京でごく普通の小奇麗なレストランでランチを食べると50~80元ぐらいは平気でする。これは日本円で1000~1600円だ。北京でスーパーや衣料品店などで日常品の買い物をすると、300元(6000円)ぐらいは普通に支払わなければならない。もちろん円安の要因も大きいだろう。また格差の大きい中国社会だから10元で食べられるランチももちろんある。しかしこれとて200円だ。「中国って何でも安く買えるんでしょ?」という日本人の中国観は、もういいかげんに更新しなければならない。
このように物価が高くなった原因は、中国人の給与が瞬く間に増えて多くの人が豊かになったからだ。中国では今、「中間所得層」と呼ばれる人たちが爆発的に増加している。野村総合研究所の調査によれば、中国で出現している中間所得層の人々は、これまでの「価格コンシャス」から「品質・安全コンシャス」に明らかに変化してきている。日本に大挙してやってきて爆買いする中国人は、富裕層ではなく中間所得層の人たちなのだ。中国の消費を支える中間所得層の人の中身は日本とは全然違う。まず年齢層が低く25~50歳が中心だ。そして驚くなかれ、中国の中間所得層は7割が家を持ち6割が車を持っている。そして何と3割もの人が家も車も持っているにもかかわらず、さらに平均60万元(1200万円)の金融資産を持っているのだという。
日本のニュースでは、株が暴落して持ち金を失くした人、不動産価格が下がって資産を減らした人の姿などが報道されているが、北京や上海のショッピングモールにあふれる人々の購買欲は全然衰えていないように感じる。また中国は既にネット大国だ。中間所得層のスマホ普及率は9割近くにも達する。消費意欲の旺盛な人々がスマホで情報を比較し、質の高い商品を支付宝(アリペイ)などを使ってどんどん買う時代なのだ。大都市での中国人の暮らしぶりは、日本で想像する姿とはもう全然違う。
それでも相変わらずなものがある。それは政治体制だ。実は政府の中でも行政の姿はかなり変わってきている。サービスの劣悪なお役所仕事は相変らずだが、それでもここ10年ほどで行政サービスはかなり改善されてきたと思う。だから政府のサービス機能は変わってきたと言える。
しかし肝心の政治、つまり政府や党の体制や思考・行動原理は全然変わっていない。先日の「抗日なんとか軍事パレード」なんかは、北京市民の生活をどれだけ犠牲にして行われたことか。北京に住む外国人にどれだけの迷惑をかけたことか。中国政府はそんなことはまったくお構いなしだ。先進国ならまず損害賠償で訴えられるレベルだろう。国家行事を揶揄するつもりはない。しかし例えば赤じゅうたんの上を来賓たちが歩く記念式典を見ると、何十年も前の録画を見ているようだった。中国では政治がすべてに優先する。北京市民もそのことはよくわかっている。だから政府の言うことにはみんな大人しく従う。その従順ぶりは見事なほどだ。こと政治体制に関しては、中国は「変わらない国」なんだと思う。
十年で大きく変わった中国、十年一日の如く変わらない中国。中国は、この2つが併存している国家だ。そしてこのアンバランスこそが現代中国の大きな特徴なのだ。しかし日本からみればそんな中国のイメージは全然想像できない。中国と聞けば政治も庶民も一体的に考えてしまう。日本にやってくる中国人が年間1000万人という時代になった。だから中国人の日本イメージはどんどん塗り替えられていく。それなのに、日本人が持つ中国のイメージは全然変わっていないのではないか。こうして日中のすれ違いは、ますます拡大していくのだろうか。
文・写真:松野豊
Yutaka Matsuno: 本職:経営コンサルタント、現在:北京の清華大学研究者 本籍神奈川県、実は大阪人。北京在住。 京都大学大学院で環境を専攻し、1981年に野村総合研究所入社。 環境政策研究、先端技術調査、経営システム改革などを手掛けた後、2002年、突如会社からひとり中国上海に派遣され、現地法人野村総研(上海)諮詢有限公司を設立、約3年総経理を務める。 いったん帰国後、2007年再び北京に赴き、今度は清華大学と共同研究センター(清華大学・野村総研中国研究センター)を設立し、理事・副センター長に就任。 現在は中国の経済・産業の研究に従事。専門は中国政策、経営システム改革。