青島で女子的人生探し 第4回

2016年12月2日 / 青島で女子的人生探し

中国版、猟奇的な彼女!

Lucyは毎日恐ろしくハイテンションだ。
私がどんなに凹んでいても疲れていても中国語のスランプが来ても一向にお構いなし、私より1オクターブは高いんじゃないかと思われる声でまくし立てる。

「今日は何曜日!!?水曜日?レディースナイトね!!」
「見て見て、この間知り合った外国人、007にそっくりじゃない?イケメン!」
「彼氏が来るから授業の時間をずらす!!?なんて不真面目な学生なの?!宿題増量!!(ニヤニヤ)」

長い黒髪、切れ長の目、チャーリーズ・エンジェルのLucy・Luのミニチュア版みたいだ、本人はチャーリーズ・エンジェルを観たことあるだろうか、なんてぼーっとしていた私を中国語の暴風雨が襲ってくる。これは危険、大人しく座っていたのでは体力がどれだけあっても足りない。命も足りない。
大学時代は英語を専攻し、青島に戻って英語と中国語の教師を始めたらしい。私と出会う直前まで上海で欧米人相手に中国語教師をしていたという。ことあるごとに上海の都会の喧騒を懐かしむ。上海にある素敵な博物館、上海のバーで飲んだお酒、北京と西安への旅行、上海で出会った新手の詐欺…他愛もないおしゃべりのような、思いついた先からただただ話題を並べているような、けれど聞けば聞くほど、彼女の知っている“中国”を一生懸命私の前に広げて見せているような感覚がしてくる。

歴史上、“大奥”的なものが存在した国は少なくないけれど、宦官が存在した国は中国だけなんじゃないかと、Lucyに理由を訪ねてみたことがある。Lucyはこともなげに即答する。
「中国の皇帝が世界で最も嫉妬深くてかつ考えが柔軟だったんだよ、きっと!」

自国に対する愛というほどでもなく、自慢するでもなく、卑下するでもなく、中国にはこんなにCrazyなことがあるんだから!面白いでしょ?せっかく来たんだから持って帰ってよ、というようなサービス精神。



授業の跡

授業についていくために、更には自分の体力と命を死守するために、攻撃は最大の防御、私も負けずと話を遮ってまくし立てる。小さな教室は二人の“女子”の冗談と皮肉と爆笑でいっぱいになる。肩の力も抜けていく。彼女の前では、子供っぽくたっていいし、ブサイクだって構わないし、言いたいこと言って、やりたいことやって、もっと大胆で単純でいい。際どい冗談もいざ解禁。

おやおや、そうすると、このあり得ないハイテンションは、中国語教師として、生徒の会話を引き出すためのサービス精神の現れなのでは…? 大したプロフェッショナルではないか!と感心したのも束の間、「今日は何曜日!!?」と教科書を読む私の声を急に遮ってきた彼女を見て、私の買いかぶりだったかなと内心苦笑する。



青島のサッカーの試合

「豆腐脳は食べたことある?」
「青島の海鮮は?鴨爪は?」
「漢方医にかかったことは?」
こんなとき、Lucyは中国人らしい”姉”気質を見せる。私が何か聞くたびに、ついてらっしゃい!私が中国を見せてあげる!と言わんばかりの勢いだ。豪語して実現しないこともたくさんある。それでも、Lucyがとん、と胸を叩くたびに、私は間違えて本当に大船に乗ってしまったような、頼もしすぎるお嫁さんをもらってしまったような、やるせない、でも温かい気持ちになる。



Lucyが買ってきてくれたアイスキャンディー

彼女の誘いに乗って、青島の蟹も鴨爪も食べに行ったし、新しくできたケーキ屋さんにも行った。サッカーの試合も観に行った。何故か彼女のお母様も一緒にいちご狩りにも行った。中国の大河ドラマも結局全編観てしまったし(全76話!)、高級翡翠も冷やかしに行ったし、マーベルの最新作も公開初日に中国語字幕で観に行った。キャプテンアメリカ派とアイアンマン派に分かれてお互いに軽蔑の眼差しを交わした。

あるとき、Lucyが中国の映画を観に行くというのでくっついて行った。「百鳥朝鳳」という題名のその映画は、中国の実力派監督の遺作だという。世を去る間際に素晴らしい映画を撮ったのだが、どうも商売気のない監督だったらしく、小さな映画館でしかかからなかった。これを悲しんだ彼の弟子のひとり、中国の売れっ子映画監督が、土下座をして映画関係者に協力を呼びかける動画をネット上に投稿し、一気に話題をさらった。観客の口コミも合わさって、短期間で相当数の観客動員数を叩き出しているという。内容は、消滅しつつある伝統芸能を継承した若者を描いたもの。直前まで本編前の広告たちを茶化していた私達も、美しい映像と儚いストーリーに、真剣味を取り戻した。キャプテンアメリカのイケメンっぷりにメロメロだったLucyの姿からは全く想像のできない映画だった。流行りモノも好きな彼女のことだから、話題作は逃さないのかもしれないけれど、それでも、少しだけ彼女の違う一面を覗いたような気持ちで楽しくなった。




彼女の更なるもうひとつの一面を覗くことができるのは、結婚の話をするときだ。普段とはまた少し違う、年頃の中国女子らしい話題に、私は思わずにやにやしてしまうし、今度家族に急かされたらアメリカに逃亡してやる、なんて嘯く彼女を、内心可愛いなと思ってしまう。彼女の友人のドイツ人に話を移しながら、ドイツ人ではあなたのマシンガントークに圧死してしまいそうだから、ラテン系の旦那さんをもらったら、なんていかにも適当なアドバイスをしてみる。結婚したってしなくたってどちらでもかまわないけれど、こんなに豪快で楽しいLucyだから、誰かそばにいて、享受しないともったいないような気がする。それに、彼女が好きな男性の前でどんなふうに振る舞うのか、これは絶対に見てみたい。そんなこと間違えて口にしたらまた暴風雨に晒されそうだから、言わないけれど。

Lucyとの最後の授業の日、彼女にFAREWELL BREAKFASTを用意した。私は軽さを装って、いつかきっと日本に来てね、と声をかける。中国にいるのではいつまでたってもやられっぱなし、私にもホーム試合は必要だ。
Lucyはニヤッとして言った。
「若いイケメン男子をたくさん揃えておいてくれたら、行ってあげよっかな!」



Lucyと最後の朝ごはん


TamuraNagisa

投稿者について

TamuraNagisa: 1990年東京生まれ、埼玉育ち。 筑波大付属高校、早稲田大学を経て某総合商社入社。 大学時代に台湾へ半年間交換留学、入社後は社費留学でさらに半年青島へ。日本人にとって近くて遠い中華圏の、謎と魅力を理解しようと格闘中。