妄想地鉄3「上海流・したたかのお作法」  BBパートナーリレーコラム「日中コミュニケーションの現場から」第2週

2016年9月11日 / 妄想地下鉄

 待ち合わせた地下鉄静安寺駅のデパートの入り口で、背の高い彼女はすぐに見つけられた。
 ピンストライプの紺のタイトスカートにエナメルのヒール。すっぴんなのにしっとりしてきめの細かい肌はアラフォーには見えない。
「おひさしぶりですぅ。お元気でしたか?」
 彼女はいつもの完璧な日本語で話す。彼女と私は、おしゃべりのためにスタバへと歩き出した。
 デパートのすぐ隣に静安寺という古刹がある。オレンジがかった黄色の土っぽい外壁は、 現代建築と租界時代からの西洋風情のアパート群が景観の大部分を占める上海で目を引く。彼女がこの静安寺エリアで生まれ育ったことを、お寺の脇を歩きながら私は初めて聞かされた。
「上海でもいちばん古いエリアで、そうね、東京でいうと浅草かしら」
 静安寺育ちには、江戸っ子と同様の誇らしさがあるようだ。
 お寺の中はどうなっているのかと私が尋ねると、
「中に入ったことないの。大門育ちの人が東京タワーに登ったことがないのと同じ」
 これって自慢よね、と言うと彼女は悪びれるふうもなくウフフと笑った。
 このぬけぬけとした感じが彼女だよね、と私は初めて会った時のことを思い出した。

 4年前、北京で彼女をインタビューした。
 富裕層向け高級旅行雑誌を発行する出版社の社長である彼女の着眼点と洗練された誌面づくりは評判になっていた。
  初対面で彼女は、上海のトップ高校と北京の名門大学出身であること、日本の大学院や出版社での経験と、日本のどんな組織や企業とネットワークを持っているかを、 はっきりとした口調で話し出した。
 これが日本人だと、学歴やキャリアを他人に話すとき、強調気味にはあまり言わないだろう。取材の本題に入り、彼女のビジネスモデルや今後のプランの説明を促すと、さらに押せ押せモードは高まっていく。さらには、これまでどんな取材をしてきたのか、今はどういう原稿を書いているのか、どういうネットワークを持っているか、など、私の方が逆取材を受ける始末。
 バランスのとれたプロポーションと甘い雰囲気の美人顔に似合わない押し出しの強さ。正直に言おう。私は息苦しく感じてしまった。

 その2年後のことだ。
 あるプロジェクトに彼女の協力がほしくて上海のオフィスを訪ねた。今度は私も彼女に向けて、 彼女と同じくらいかそれ以上にズケズケとプロジェクトのゴールと彼女に頼みたい事についてしゃべりまくった。今思えば、相当強引で、彼女の都合など一切考えていなかった。とにかく、なにがなんでもプロジェクトを形にしたかった。
 彼女は半ば笑うように私の顔をじっと見ていたが、私が話し終わると、
「できるかぎりのことをやりますよ」
 と言い、プロジェクトに活用できそうな彼女の持つ政府系の人脈を3つほどあげ、実際に後日、話を通してくれた。

 不思議というかムシがいいというか。そのプロジェクトが完結する頃には、私の彼女への苦手意識は消え去り、むしろその毒気も含めて彼女を好きになっていたのである。

「中国流」でプロジェクトを突破してみてわかったことがある。中国女性の押しが強いのは、彼女たちはそれだけ自分の思いを率直に表現してしまうからなのだ。わがままといってしまえばそれまでだが、自分の思いに対してそれほど素直なのである。そして同じく欲に正直な人間に寛大だ。

 静安寺そばのスタバで、彼女の会社の経営状況を話し込んだ。共通の知り合いの名前をあげ、彼女は「あの人を、今度はどう利用しようかしら」とぬけぬけと言う。まったくもって、美人顔に似合わない。だが、社員のためにも会社を強くしたいというエゴを外連味なく口にする彼女は、やっぱり憎めない。
「したたかなる上海女性とはこういうことよ」
 また彼女がウフフと笑った。

文:三宅玲子





Reiko Miyake

投稿者について

Reiko Miyake: ノンフィクションライター。 週刊誌で人物ルポやひとと世の中を取材・執筆。 2009年~2014年まで北京。 現在は東京、ときどき北京。 建築家・迫慶一郎氏と所員たちの10年の軌跡を追いかけたノンフィクションを書き下ろし中。 BillionBeats2011年開始の発起人。 BBウェブサイトの編集および、 立体プロジェクトでは日本側のコーディネートを主に担当。