日中すれ違い4 「民間ビジネスなら、日中相互無関心を突破できる」 BBパートナーリレーコラム「日中コミュニケーションの現場から」第3週

2016年9月11日 / 日中すれ違い


 
訪日団の企業家たちは、日本企業の真面目さに驚いてくれる


 「日中関係は今後どうなりますか?」最近こういうことを聞かれる機会がまた増えてきた。直近に2010年の漁船衝突事件などのような目に見える事件が起こったわけでもないし、日中首脳間は会うようにはなったが、特別な和解が成立したというわけでもない。

 日中両国民が日中関係の未来を憂え始めている理由は、何かが起こったからではなく日中関係の改善に向かうようなことが“何も起こりそうにない”ことだ。日中関係は前にも後ろにも進まない硬直状態に陥った。これは企業人の立場で考えてみれば、中国ビジネスの今後をどう考えたらよいのかを非常に悩むような事業環境になっているのだと言える。

 日中双方とも表面的に国情は安定化している。日本は安倍政権の長期化が見込まれ、政権内で表立って異論を唱える人が少ないため、大きな政策変化が見込めなくなった。そして中国も同様に習近平氏の権力基盤が強固になってきており、足元で中国経済が覚束なくなって構造改革が求められているにもかかわらず、思い切った政策は意外に出てこない。日中双方とも今は大きな手が打てない、このことも日中関係の硬直化につながっていると思う。

 日中関係が近未来に劇的に良くなると予測する人はあまりいない。隣国する大国同士がいがみ合うのはいつの時代にもあることだし、外交的な対立は自国民に説明がつかなければ安易に妥協はできないからだ。しかし戦争のような行為は、双方にも周囲にも大きな悲劇をもたらすのでおそらくあり得ない。だから対峙する国同士のトラブルは、戦争以外の手段で何らかの落とし所を見つけて妥協するしか解決の道はない。
 日本人は、日本の政治体制の方が優れているに決まっていると思っているし、一方の中国人はと言えば、国内にある様々な問題はある程度認識しつつも、高度成長を遂げて既に経済規模で日本を追い抜いたし、世界での存在感もある面では日本を上回った。だからもう日本からあれこれ言われたくない。

 筆者の住む北京では今年の9月初旬、抗日戦勝記念と称した軍事パレードが行われた。こういう国家行事があると北京はとても住みにくい街になる。政府の都合で交通などがいたるところで制限され、商店も休業を余儀なくされる。
 北京市民はこういう事態をどう思ったのだろうか。どうも「何も考えない」という態度を決め込んでいたようだ。日常生活が不便になるのは内心では面倒だと感じているが、だからといってお上のやることにいちいち逆らう必要もない。富裕層などは休みになるのを利用して北京を離れて旅行に行ったりしていた。要するに大半の北京市民は、こういう行事に対して基本的に無関心であり、同時に過去の日本との関係に対しても今は徐々に関心が薄れてきているのではないだろうか。
 では在北京の我々日本人はどうかと言えば、テレビや看板に頻発する「抗日」の文字に本当にうんざりした。我々は中国に来ている客人であり、中国のGDPに貢献をしているはずなのに、なんでこんな扱いを受けるのかと思った。

 日中関係の悪化は、日中両国の相手に対する無理解が原因だとずっと言われてきた。しかし中国は経済大国化して国際的なプレゼンスが拡大し、日本企業も製造拠点をコストが低い東アジアに移転するいわゆる「チャイナ・プラスワン」戦略に移行しつつある。長く続いた日本のODAも基本的に終了した。日中両国民は「相互無理解」のレベルを超えて「相互無関心」の時代に入りつつある。

 日中の国民やビジネスマンは、そろそろ相手国に対して新しい付き合い方を見いだしていかなければならない時期に来たのではないか。極論を言えば、日本人は中国人を無理に「理解」する必要はないが、中国人の思考回路を「認識」するということに徹すれば何か道が開けるかもしれないということだ。
 そこで中国人の思考回路を「認識」してみると、あることに気がつく。それは民間企業のビジネスの世界であれば、中国人と充分につき合っていけるかもしれないということだ。既に戦後70年もたち日中ビジネスを担う世代はほとんど入れ換わった。実際のビジネスにおける商談の場では、今や中国人でも民間企業の人は政治的な話題はほとんど口にしなくなった。何故ならビジネスの現場では明らかに共通の目標があるからだ。
 中国政府も最近、経済成長の減速を受けて民間資本の活用とか民間企業のイノベーションといった言葉を連発し始めた。中国経済には巨大な国有企業が主導するイメージが強いが、いわゆる国有経済が全体に占める割合は半分以下である。中国経済は、少なくとも量的な観点で言えば民間企業が主役なのである。

 その民間企業が中国経済の減速に直面して、ようやく外に目を向け始めたようだ。筆者はここ数年の間に、中国の企業家倶楽部の依頼で日本の大企業への訪問を何度もアレンジさせていただいた。彼らは日本が世界にも冠たる長寿企業国であることを知り、企業の事業継続の秘訣を勉強したいと考える。また訪日中国人から伝え聞く日本企業のサービスレベルの高さにも大きな興味を持つようになってきた。
 実際筆者が訪日団と同行してみると、日本に行くこと自体が初めてだという企業家が過半を占めるケースも多かった。そして彼らは日本に行き、日本企業のプレゼンテーションを聞いて一様に評価する。中国人の企業家は、日本の企業が細かな中長期的計画を立案して事業を展開していることに驚くのだ。

 また中国では、会社の事業について語れるのは限られたトップの人間だけであるが、日本企業は幹部だけでなく現場の管理職クラスに至るまできちんと会社の説明ができ、またそのための資料やスライドもしっかり準備されていることに感心してくれる。我々日本企業にとっては普通のことだが、中国の企業家に指摘されて、筆者も改めて見直したものだ。
 今中国の企業家は、自社の新しい事業領域での成長戦略を探ったり、グローバルに事業を展開したいと真剣に考えている。彼らにとっては、日本企業の計画的な事業戦略は極めて参考になるという。中国の民間企業家にとって日中関係というものは、事業環境のひとつとして多少は懸念されるものかもしれないが、少なくとも「政冷経熱」といった言葉のように政治と関連づけて考えるものでは既になくなっている。

 日中往来の歴史はとてつもなく長い。過去に学ぶ点がないとは言わないが、現代中国は、政治体制も世界の中でのポジションも過去とは大きく異なっている。現在の日本もしかりだ。だから近未来のビジネスでの成功のために、日中の民間企業が手を組むという選択肢は確実に拡がってきている。民間企業のビジネス交流は、硬直化した日中関係の突破口になる可能性が大きい。

文・写真:松野豊