The Edge #10

2016年8月22日 / The Edge




(写真)凍った川の表層を斧で砕き、持ち帰った氷を溶かして生活水とする

連載10回 旅4日目

朝から「バオズ」(包子)を5つも食べた。中身はヤギの肉。5人で熱々の肉まんをハフハフとボールいっぱい食べた。一つ食べ終わると三女JRと夫KPが「もっと食え」と肉まんはみ出る口をモゴモゴさせて言う。コンビニの定番メニューに満腹も限界だった。
食べたら仕事。私と息子SBで家畜の放牧に行くことになる。「どこ」と手を宙にかざすと、山頂を指しグルリと回した。羊が行くとこだ。さほど辛くもないと高をくくっていた。約50頭ほど。列を乱す羊には小石を投げるか、手を叩き「ヒュッー」と口を鳴らし警告する。臆病な一行は早足で駆け出す。SBは慣れたものだ。19歳の彼は「山での生活がすべてだ」と語るこの土地を熟知した一人前。私はというと、見よう見まねで手を叩き、声を出して羊を追う。

しばらくすると左手にそびえる崖へ進路変更。崖の合間に伸びる細道へと奥へ進む。先頭の羊は裏山でも登るように勝手に先を急ぐ。私とSBが休憩をしている間、辺りには一頭もいなくなった。私の心配を余所にSBは「チェス、チェス」と繰り返す。写真を撮ろうという意味だ。カメラを向けると、はにかむSBはまだ十代だった。

「近道」をしようと崖を指すSB。迷う私を置いて勝手に見上げる崖を登り始めた。引き返すわけにはいかず、登ったはいいが、途中までくると私は恐怖と後悔で動けなくなってしまった。崖に生えるやっとの草に足をかけ、もげて取れ落ちそうな岩を頼りに掴む。ゴツゴツする岩肌を顔で感じながら、へばりつくように密着して動けない。命綱なしのロック・クライミングだ。

「落ちたら死ぬな」と後悔の念が頭を支配する。恐怖がじわじわと心を浸食する。すると手足までも答えるように脱力し始め、呼吸まで乱れてくる。「うわぁ、だめだ」と家族を想った。そのときSBが下りて来てくれた。崖登りには慣れてる彼には想像できなかったのだろうが、必死の私をみてカメラバックを引き受けてくれ、足をかけられるような小さな穴を岩肌に掘り始めた。一つずつ慎重に登る。最後は引き上げてもらい、てっぺんへ上がった。SBと抱き合い安堵の意を示すと、彼も大分ほっとしたようだった。

日が落ちる頃、家に戻ると命がけの初放牧は一変して家族の笑いの種となった。どれだけ笑われても構わないと、崖にしがみきプルプル震える自分を再現して皆の笑いを誘った。私が10年前に兄達からプレゼントしてもらった腕時計をSBにあげたのは日が暮れる前だった。