第2回Muki / タイ 「自分のルーツを探しに中国へ」

<プロフィール>
1991年タイの首都バンコクで中国人の父親とタイ人の母親の長女として生まれる。タイの名門校マヒドン大学の国際課程で経営経済学を専攻し、また在学中にはアメリカへ交換留学、マレーシアでインターン、タイでNPOに参画など精力的に活動。卒業後両親経営のPCアクセサリ販売会社配下のジョイントベンチャー立ち上げに携わった後、2014年9月清華大学(Tsinghua-MIT Global MBA)に入学。MBA在学中は持ち前のコミュニケーション力を活かして、様々なイベントの運営に携わる。MBA修了後はタイ・中国ビジネスコンサルタントの経験を経て、家族ビジネスの経営に参画予定。




周藤(以下、(周)):父親が中国人だよね?どういう家庭環境で育ったか簡単に教えて。

Muki(以下、(M)):バンコク生まれのバンコク育ち、家庭の中でもタイ語を話していた。でも父親は中国人だから幼稚園から中国語学校にも通っていたよ。中国語はしゃべれるようになったけど、中国語の授業とかはまだまだ分からないことも多いね。あと父親の影響も多少あってタイ人なのに南部訛りの中国語(笑)。父親はタイに移住していた叔父に誘われて1990年に中国の広州からタイに移住したみたい。そこでタイ人の母親と出会って結婚して生まれたのが私。父親はタイで始めたPC機器販売のビジネスをしているの。


(周):両親のビジネスについてもう少し具体的に教えてもらってもいいかな? 

(M):中国からマウスとかキーボードなどのパソコン周辺機器を輸入してタイで販売するのがメインビジネスだったんだけど、価格競争が激しくなってきて、今ではセキュリティカメラの製造・販売にシフトしてきているんだ。


(周): 中国に来たのはやっぱり親の影響?

(M):そうだね。父親の知り合いの清華大学MBAマーケティングマネージャから紹介されたのが直接のきっかけかな。大学時代には、アメリカやマレーシアなどで生活をしていたけど、中国にはほとんど来たこともなかったし、実はあまりいい印象もなかった。だけど、語学や親のビジネスなど中国に関連する環境で育ったし、父親も中国人。一度中国に行って、自分のルーツを知りたいと思ったんだ。


(周): 大学のころはどう過ごしたの?

(M):将来は親のビジネスを手伝いたかったから、タイの大学で経営経済学を専攻したんだけど、海外へのあこがれがあって、アメリカに交換留学したり、マレーシアでインターンに参加したりもした。タイにいる間はSIFE (Student In Free Enterprise)っていう、大学生、ローカル住民、企業の3者が協力して地域問題を解決する社会貢献NPOに参加したのが印象に残っている。私のプロジェクトは、当時の中国で幅広く普及していた、Rice Parachuteっていう田植え手法をタイの農家に導入して、生産性を向上するプロジェクトだった。社会問題や環境問題がどのように解決されてビジネスになっていくのかを、肌で感じることができてすごいいい経験になったんだ。大学生と現地住民と企業を、社会問題を通じてマッチングさせる仕組みもすごいなと思った。


(周): Mukiはネットワークがすごく広いよね。中国で有名な経済学者のX教授のタイ副総理訪問のアレンジとかもしてたけど、そういうネットワークを築くコミュニケーション力も大学での活動を通じて身につけたの?

(M):コミュニケーション以外は取り柄がなかったから自然にそこに行き着いた感じ(笑)。母親は数学とかがすごく得意で整理整頓もバッチリな理系タイプなんだけど、なぜか私は理系は全然だめ。気づいたら人と人を繋ぐことで新たな価値を生み出すことを重視していた感じかな。


(周):ネットワークがきっかけで卒論の指導教官もX教授に?卒論のテーマは?

(M): うん。タイの副総理との橋渡しをした縁もあって、指導教官を引き受けてもらえたの。私のキャリアではネットワークを重視してるから、一番有名な教授に指導して欲しいっていうのもあった(笑)。教授からは最初、アジア通貨とアメリカドルの比較研究テーマをもらったんだけど、自分の将来に関係することを研究テーマにしたくて、中国経済の新常態(経済の高度成長を終えた後の緩やかな成長フェーズ)がアジアの製造業(Factory Asia)やサプライチェーンに与える影響を研究しているよ。帰国後の親のビジネス経営に役に立つといいなと思って。


(周):  卒業後はすぐに親の仕事を手伝う予定?

(M): ううん、まずは帰国してからタイの企業に就職するつもり。タイに進出する中国企業向けのコンサルティングでビジネス経験を積んで、それから親のビジネスの経営に参画したい。


(周): タイのビジネス環境ってどんな感じ? 中国との関係は?

(M):私の中のタイビジネスのイメージは、イノベーションが全く起きない古い市場って感じ。タイのお金持ちになる方法って言ったら不動産くらい。タイで最大のコングロマリットはCPグループってところなんだけど、タイ国内よりも中国にすごく投資してる。ちょっと前に、日本企業(伊藤忠)と一緒に、中国のCITIC(中国中信)に巨額出資して話題になったね。タイの現状を考えると今の中国のインターネットを中心にイノベーションを起こそうという風潮はすごくいいなと思う。


(周): 中国経済の成長は一段階して、新常態(New Normal)に入ったけど、将来の中国市場に何を期待している?

(M): Peter Thielが授業(※)でも言っていたけど、中国の成長って日本と似ているよね。日本は既存のプロダクトのコピーから初めて、それを改善して、最終的にイノベーションにつなげて経済大国になったけど、その後は成長が停滞している。中国は今、既存のプロダクトをコピーして経済規模は大きくなったけど、この先、新常態のフェーズでどうなるかは楽しみ。成長は鈍化する替わりに、品質が向上して、スタートアップが生まれて、そこから新たなイノベーションが生まれることを期待しているよ。そうすれば、中国から製品を輸入している家族のビジネスにもプラスになると思う。今度、その辺の日本の経済発展事情についても詳しく教えてね。

(※中国でもベストセラーとなった「Zero to One」の著者で、PayPal創業者のPeter Thielによる清華大学特別授業)


(周):話は変わるけど、去年は授業すごくいっぱい取ってたよね。インド、シンガポール、ボストンMITとかのStudy Tripも全部参加してたけど、今学期も授業履修するの?

(M):卒業に必要な単位は揃ってるんだけど、今学期はなるべくたくさんの授業や講演を聴講しようと思ってる、教授とのネットワークも広がるしね。講演とか授業に出ることは、もう趣味のひとつなんだ(笑)。あと力を入れているのは、自分でのイベント運営かな。クラブ活動だったり、清華大学EMBAの中国人エグゼクティブのお手伝いだったり。イベント企画、人集め、通訳、資料作成とかなんでもやってるよ。全部ボランティアだけど、それを通じてネットワークがすごい広がってるね。


(周): 中国語は問題なさそうだけど、北京に来て困ったことはあった?

(M): あるある。中国語しゃべれると言っても南部なまりの外国人だから相手にしてくれないこともたまにあるし。あとはノートパソコンのキーボードが壊れた時に修理に行ったら、タイキーボードがめんどくさいからって修理を断られたり、自転車修理したら新品買うより高い修理費を請求されたりとかもあったかな(笑)。


(周):今日は色々教えてくれてありがとう、日本に来るときは案内するから教えてね!


Kazuhiro Sudo

投稿者について

Kazuhiro Sudo: 1981年東京生まれ。 東京工業大学計算工学修士修了。在学中は投資・Webビジネスの学生ベンチャーに従事。 2007年野村総合研究所入社後、日系金融機関向けのシステム開発、コンサルティングを経て、2014年清華大学MBAへ社費派遣留学。