第10回 廖雯丽(リャオ・ウェンリー)「伝統的な風習の残る江西省から上海へ。自由で向上心溢れるこの街が好き」
最終回のインタビューは現在華東師範大学日本語学科2年生廖雯丽です。文学少女の彼女と街を歩いていると、道路の脇を流れる川や風に揺れる木々の様子を、楽しそうに生き生きとした言葉で表現してくれます。彼女の目に映る世界の美しさにいつも魅了されます。そんな彼女の故郷は、古い伝統文化が根強く残るようです。
自由で向上心溢れる上海という街が好き
なんで上海に来たの?
子どものころから上海に対して良い印象を持っていたから。私は田舎で育ったから、テレビが唯一外の世界に触れられる窓だった。でもそのころ両親は上海で出稼ぎしていたから、休みに上海まで会いに行ったの。その時初めて外に出て、新しい世界を見て感動したんだ。
当時は故郷でまともに稼げる職がなかったから多くの人が沿海部に出稼ぎに行っていたんだよ。祖父母、おばあさんが私のことを育ててくれた。今は近くの地域でも稼げるようになってきたけど、やっぱり外に出て働く人も多いから農村では高齢化が深刻になっている。
実際に来てみて、何か気づいたことはある?
上海人は口うるさい、他の省から来た人に対して差別的と聞いたことがあったけど、実際は皆親切。学生だからかなあ。でも家庭教師先の家庭も皆いい人ばかりだよ。
来てから故郷について気づいたことは?
上海はやっぱり機会が多い。故郷の周りの人はも向上心に欠けていて現状に満足しているから、あまり良い環境とは言えないし、なんだか窮屈。人情味があって自然環境が良いところは好きだけど。
普段はどんな大学生活を送っているの?
話す相手が少なくて1人で過ごす時間が多いから寂しい。高校に比べて暇な時間が多いのに、やるべきことが増えて時間管理が難しいから、あまり充実してない気がしてしまう。でもルームメイト、同級生、先生は皆面白いし親切だから、まあ楽しいよ。
一番印象深かったことは?
コンピューターの授業。先生は何も教えず、他人の作品を見せて私たちに自分たちで作品を作るように指示した。自分たちで舞台劇のドキュメンタリーを作ったんだけど、自己解決能力やチームワークが身についたように思う。私は講義を一方的に聞くよりも、議論して、自分たちで何かを作るのが好きみたい。
夢は大学の教師
将来は上海に残る予定?
理想的には上海にいたい。故郷に帰ったら日本語関連の仕事がそもそもないから帰れないかな。でも上海は家賃が高いし就職を見つけるのも難しいから、女の子1人だと厳しいかもしれない。
将来は先生になりたいの?
うん、大学の教師になりたい。ずっと教師が立派な仕事だと思っていたし、他人に何かを教えることにやりがいを感じるから。
どういう先生になりたい?
もっと学生たちと友達のように意見を言い合える関係を築きたい。
故郷と上海、対照的な2つの都市を見てみて、中国についてどう思う?
貧富の差が大きい。私は中国が好きだけど、まだまだ改善が必要なところもある。例えば今の教育制度は勉強を重んじすぎて、子どもは小学生の時からずっとストレスを感じているし、学生1人1人の個性が発揮できない。家庭教師先の子どもたちも習い事をしたくても暇がなくて勉強に追われてばかり。頑張り屋が多いのはいいことだけど、点数や資格だけで人の価値を決めるような気がする。成績がよくなくても、他の面で優れている人に対する道が開けたらいいなと思う。良い大学に入れたら学費も安いけど、普通の大学に入ると学費も高いし就職も難しい。上の人はずっと上、下の人は下であり続けるみたいな感じね。上海は中学生の、故郷は高校生のプレッシャーが大きい。上海では良い高校に入れたらほぼ確実に良い大学に入れるけど、故郷では高考が運命を決める瞬間だからね。
故郷には伝統的な風習が数多く残る
故郷はどんなところ?
内陸東南部に位置する江西省というところ。森林の面積が中国で一番大きく、自然環境がとても良い。特に菜の花がきれい。経済は発展していなくて、貧困地帯とも言える。でも最近は開発が進んできて、建物や交通インフラが建てられてきたので畑や森林の面積が減ってきた。昔、家の近くの川はきれいだったけど、今では水が減って少し異臭がする。私が小学生くらいの時から10年の間で随分と大きな変化があったなあ。空港も今建てられているところ。あと故郷には独特の風習がたくさんあるよ。
特別な慣習、気になるなあ。詳しく聞かせて。
何かおめでたいことがあると、近所の人にものを配るの。出産や竣工祝いのときにはまわりの人にビスケットとかを配る。結婚式のとき、お客さんはお祝儀を渡すけど、主人は代わりに飴を配る。あと、葬式のときは皆薄い布で作った白い服を着て、家の人は頭に被り物をつける。白は中国では葬式を連想する色だからね。通夜のときは人を招き入れて、ラッパを鳴らす。そして家族は皆寝ずに、死んだばかりの亡き人を見守るんだ。あと、悲しみを象徴とするから泣き声が大きく、涙が多いほど良いとされる。だから近所で誰かが亡くなると、とってもうるさくなる。私はそんなに泣けなくて、周りの人に悪い印象を与えてしまったかも。葬式のときは行列で山へ向かうよ。先頭の家長が遺影を抱えて、前方には家族、後方に棺を担ぐ人、参列者がぞろぞろと歩く。行列の後ろの力持ちは花輪や死人用の布団を手に持っている。それから、、
他にもあるの?
今はなくなりつつあるけど、農村での結婚のしきたりかな。お嫁さんが家を発つときはお嫁さんを古い自転車に乗せて、親戚の男の人が自転車を押すんだ。脇ではおばさんが縁起の良い赤色の傘をさして、新婦側の家族が皆一緒に歩くんだけど、後ろの方では爆竹を鳴らす。大通りでは飾りのついた新郎側の車が待ちかまえていて、新郎が新婦を抱えて受け取る。このとき足をつけてはいけないんだ。後方の車には花嫁家具を載せたり、カメラマンが祈念写真を撮ったりする。最近では直接男性が女性を迎えに行って結婚式会場に直接行くことが増えてきたけど、お嫁さんが歩けないのは相変わらず。あと、姑が新婦に髪をとかされたり、靴を履かせようとさせるけど、それを新婦は断らないといけない。これは嫁姑関係を象徴していて、言いなりになってしまったら姑の権力が強くなることを意味する。
やっぱり農村では男尊女卑の価値観がまだ強い?
変わりつつあるけど、農村ではまだまだ女性の地位が低い。女性は家事や家の人の世話をすべきで、女性は男の子を産むべき、という伝統的な価値観が今も上海より色濃く残っている。私の祖父母もそういう考えだったけど、母はそんなこと気にせずに育ててくれたから、彼らも変わったよ。故郷では高齢化が進んでいるから、子供・女性に対する意識を変えていく必要がある。女性は結婚すべきだと考えている人が多いけど、女性1人でも生きていけると思うんだ。
若者は変わりつつあるみたいだね。こういう風習はこれからも残るかな?
守りたい風習もあるけど、今の若者にそんな意識はないから時代とともになくなっていくと思う。顺其自然(時代の流れに任せる)しかないね。
インタビューを終えて
故郷の風習についてたくさん知ることができた今回のインタビュー。上海ではあまり昔ながらの風習が残っていないので、彼女の説明はとても新鮮でした。舞台は違いますが、昔見た「初恋の来た道」という映画の葬式の様子や、田舎の風景が彼女の話に重なるようでした。また、ご両親が出稼ぎ労働者というのも、リャオさんが初めてでした。江西省を初めとし、河南省、安徽省などから農民工とよばれる出稼ぎ労働者が多く沿岸都市部に出て働いています。夫婦で出稼ぎに出ることも多いようで、その場合リャオさんのように祖父母や親戚に育てられるのが一般的だそうです。地方と都市間の格差を是正する戸籍制度改革や反貧困を掲げる政策も施行されていますが、格差はまだまだ根強く、地方の人々が政策に翻弄されてしまっているような気もします。中国の教育制度に関しては、以前インタビューした王志杰(第7回)と同じように、やはり全てを点数化してしまうというところを問題視していました。彼女は今、日本の奈良に留学中です。どんな環境に置かれても常に前向きで、良いところを吸収していく彼女は、1年後どんな風に日本での留学生活のことを話してくれるのか、今から楽しみです。
Ryoko Hasegawa: 秋田の国際教養大学グローバルスタディズ課程4年生、長谷川綾子(りょうこ)です。1995年生まれ、出身は大阪です。2016年の香港大学への交換留学を経て、2017年秋から華東師範大学に1年間の予定で公費留学中です。地方から上海に進学してきた若者へのインタビューを通して、中国人の多様性、彼らの故郷・将来への思い、学生生活について少しでも伝えられたらと思っています。どうぞよろしくお願いします。