その7 「サルサが引き寄せる運命の男と女 ー 三谷義之さんの場合 ー

2016年9月1日 / 僕のカノジョは中国人

 北京のIT企業に赴任して間もない三谷義之さんが北京のサルサクラブでカノジョと出会ったのは2006年、ある夏の夜だった。湖南省出身でデザイン関係の仕事をしているカノジョは明るくていつでも微笑みを絶やさず、まっすぐな視線で話をする。そんなカノジョに三谷さんは一瞬で魅かれた。カノジョにゆっくり手を差し出すとカノジョはにっこり立ち上がり三谷さんの手を取った。ふたりはラテンミュージックの響くホールに流れるように踊り出た。     
 サルサは未経験のカノジョだったがリズムはしっかり取れていて、三谷さんは久しぶりに波長の会う女性と踊る心地よさを堪能した。サルサを踊って10年になる三谷さんだが、ダンスで一番大切なのはお互いのリズムだそうだ。この夜ふたりは時間がたつのも忘れ一緒に踊り続けた。そしてその夜から一年後、ふたりは北京で結婚することになる。

 出会った翌日、三谷さんはカノジョの携帯にショートメッセージを送った。「你在哪儿(どこにいるの)?」「我在书店(本屋さんにいるの)」と返事があった。買いたい本もあった三谷さんは「 我也可以去吗(僕も行っていい)?」と聞いた。「可以(いいわよ)」と返信があった。当時まだ中国語があまり話せなかった三谷さんと、日本語も英語も話せないカノジョとの会話は主に筆談で始まった。けれども三谷さんはコミュニケーションの不自由をまったく感じなかった。言葉は通じなくともお互いの気持ちが何でも理解できるのだ。そんな不思議な波長の一致が心地よかった。

 カノジョも三谷さんにこれまで知り合った中国人男性とは違う魅力を感じていた。言動や立ち振る舞いに品があり、常に他の人を尊重し、先の事を視野に入れて物事を考える三谷さんに運命的な出会いを感じた。カノジョは三谷さんの印象をこう話す。
「彼と知り合うまでは、私は目の前にあるものだけを見ていました。例えば洋服でも何でも安いものがあれば安いから得したと思って買う。でも彼は、いいものを買って長く使ったほうが人の印象もよくなるし自分も気持ちいいからと、量は少なくともいいものを買うように私に言います」
「 今までつきあった中国人男性は表面的な事はいろいろとよくしてくれたけど、私の生き方とか、本質的なところでは私の気持ちを聞いてくれなかった。彼はいつでも私の立場に立って考えてくれるのです」

ソクラテスに背中を押され……

 知り合って2カ月後、三谷さんはカノジョから結婚したいと言われた。三谷さんは混乱した。彼女の事は大好きだ。でも、知り合ってたった2カ月で結婚とはいくら何でも早すぎる。三谷さんはたじろぎながら、
「もう少しお互いを知ってから考えよう」と、防線を張った。
 カノジョは言った。
「OK! あなたの言うことはわかったわ。じゃ、お互いを知るために私たち一緒に暮らしましょう」とカノジョは三谷さんが状況を判断する間もなく、三谷さんのマンションに越してきた。
 事の進展にどぎまぎしながらも、ふたりの生活は三谷さんにとって楽しいものには違いなかった。
 そして、それから半年した頃、彼女が言った。
「私たち、もう十分理解したでしょ。そろそろ結婚しましょう」
 三谷さんはまだ結婚に踏み切れなかった。 カノジョとは一緒にいたいけれど、もう少し時間をかけてお互いを理解したいと答えた。
「理解って、いったいどこまですれば気が済むの?歯を磨くとき、相手が縦に磨くか横に磨くかまで知ることが必要なの?」カノジョは言った。
 三谷さんは、自分の中にある結婚に踏み切れない理由をカノジョに伝えた。将来自分は仕事や両親のために日本に戻るかもしれない。そのとき、日本語ができないカノジョを連れて日本で暮らすことが、湖南省から出てきて北京でデザイナーとして仕事を成功させているカノジョにとっていいことのか?結婚して子どもが生まれたら、その子はどちらの国でどちらの国籍で暮らすのか?他にもどうするのがいいのかわからないことがたくさんある。その答えを出す時間をもう少し欲しいと三谷さんは思っていた。それを聞いたカノジョは言った。
「それは確かに難しい問題。難しいからこそ、結婚して一緒に考えましょうよ」

 その後、親との面会の日取りや、結婚手続き、式の日取りと、カノジョはどんどん前に進めていく。三谷さんは皆にとって一番よい方法を考え続けたが答えは出ない。そんなとき、前に読んだソクラテスの話を思い出した。
  ある若者が結婚すべきかどうか悩み、ソクラテスに相談した。ソクラテスはこうアドバイスした。
「結婚してもしなくても、どのみち君は後悔することになる」
 どうせ後悔するのなら、結婚して後悔したほうが、しないで後悔するよりはいい、と、三谷さんは自分の迷いに結論を出した。

 三谷さんは言う。
 「結婚してよかった事は、波長の合う家族と一緒に過ごせることはこの上ない安らぎです。少しの後悔は、誰でもきっとそうであるように、結婚によって自分の自由な時間は少なくなりました。でも、こんなに波長のあうカノジョを失っていたら間違いなく後悔していたと思うので、やはり結婚しよかったと思っています」
 結婚して5年が経った現在、ふたりは2歳の子どもの父親と母親になった。今でも三谷さんはカノジョを連れときおり週末のサルサクラブに現れる。時が経つに連れふたりのダンスはより溶け合っていく。(文中仮名)


SadoTamako

投稿者について

SadoTamako: フォトグラファー 北京大学留学後、’99年より北京在住。中国関連の写真とエッセーを内外のメディアに発表している。 『NHK中国語会話テキスト』、『人民中国』の表紙写真、『読売新聞国際版』リレーエッセーを連載。 著書に『幸福(シンフー)?』(集英社)など多数。(ウエッブサイト