その11 北京で起業の元キャバクラマネージャーが弱音吐けるカノジョ ー 山口慶(きょう)さんの場合 ー

2016年9月1日 / 僕のカノジョは中国人

山口慶さんが初めて中国人と触れ合ったのは、大学卒業後にマネージャーとして働いていたキャバクラだった。厨房で働く中年の中国人達は日本人スタッフとはあまり交流をしなかったが、なぜか山口さんの面倒は見てくれた。休憩しようと厨房に入ると、料理長が座っていたビールケースを「疲れただろ」と譲ってくれ、彼らがささやかに祝った端午の節句の粽をくれたり、中華料理をご馳走してくれたり、簡単な中国語を教えてくれたりした。山口さんはエネルギーにあふれ自分らしくのびのび生きている彼らが好きだった。
 
 5年後、山口さんは水商売から足を洗おうとFX(外国為替証拠金取引)会社の採用試験を受けた。面接ではキャバクラ勤務歴も包み隠さず話したが、数年前から自分自身で為替取引を研究していたことと、東京理科大学経営学部卒で簿記一級の資格を取得していることなどが、キャバクラ勤務も含めて評価され、採用された。
 FXを扱いながら、中国の経済成長の数字を目の当たりにした。株価もすごい勢いで上がっている。経済成長率頭打ちの日本では新規参入は難しいが、中国にはチャンスがあると思った山口さんは中国での起業を考え始め、3年後の2008年9月、北京に留学した。
 
 留学の半年前、友人に誘われ中国人の家の夕食に出かけ、四川省出身で6歳年下・24歳の杨丽さんに出会った。日本に留学して1年半になるカノジョは、中国ではジムでインストラクターをしていただけにほっそりと引き締まった身体でファッションセンスも洗練されていた。たどたどしい日本語もかわいかった。山口さんは時々彼女から中国語を習ったり、手作りの中華料理をごちそうになったりした。

 留学はしたものの、慣れない環境での中国語の勉強は辛いことも多かった。そんな時、メールやスカイプでカノジョから連絡が来た。カノジョは自らの留学経験と重ね山口さんの気持ちを理解した。たわいないおしゃべりでふたりの気持ちはどんどん近づいていった。
「男って自分の弱いところはあまり人に話さないものですが、カノジョには不思議と何でも話すことができたんです」
 留学中もFX取引をしていた山口さんは、一晩で数百万円の損出を出した。落ち込んだ山口さんにカノジョは「起きたことは仕方がない。また頑張れば大丈夫よ!」と言った。この一言で山口さんの重い気持ちはさっと晴れて前向きに考えられるようになった。カノジョの言葉を聞くといつも不思議なくらいに励まされる。手放してはならない人だと山口さんは感じるようになった。

「没問題」が嫌いなキッチリキャラ

 2年後、山口さんは友人と3人で留学生向け語学学校・北京世語天博教育咨询中心を立ち上げた。ちょうどカノジョも東京のビジネススクールを卒業して、日本に残るかどうか悩んでいた。相談を受けた山口さんはスカイプで彼女に言った。

「北京に来て僕と暮らして、僕の仕事を手伝って」
 カノジョはにっこり「いいよ」と答えた。その年ふたりは結婚した。
 
 会社で総務を担当したカノジョの真面目さと一生懸命さは予想以上だった。記憶力がよく仕事の詰めは山口さんより細かい。山口さんが夜中まで残業をする時は、カノジョも会社に残り仕事を手伝う。周りからの信頼も厚い。
「中国ではできないことも『没問題(問題ない)』とごまかすことがありますが、カノジョはこの国で適当に使われるこの言葉が嫌いです。『私はやると言ったことは絶対やるし、できないことはできないと言う』と」
 
 ある時カラオケに行き、カノジョからの電話に気がつかないまま朝帰りとなった。家に戻るとカノジョは寝ずに山口さんの帰りを待っていた。帰宅した時は何も言わなかったが、翌朝カノジョはふらっと家を出て行き、そのまま次の日の夜になっても戻ってこなかった。山口さんは心配して警察に届けようと携帯を手に取ったちょうどその時、やっとカノジョは帰ってきた。どこに行っていたのか、どれほど心配したかをまくしたてる山口さんにカノジョは静かに言った。

「あなたのことを死ぬほど心配した私の気持ちがわかった?」
 
 その後ふたりで午前1時と決めた門限に、山口さんは10分だけ遅れてしまった。山口さんは30分以上ドアを叩き続けたが、カノジョはドアを開けてくれなかった。
「カノジョなりの道理を通してきついと思うこともあります。でも、単純でだまされやすく、先ず行動してしまう僕の足りないところをじっくり見てサポートしてくれます。そして仕事でうまくいかないことがあるたびに『大丈夫、あなたには能力があるからチャンスはいくらでもある』と励ましてくれる、僕にはなくてはならない支えです」
 
 カノジョのサポートのもと、山口さんの会社はコンサルティング、リクルーティング、ネットサポートへと事業を広げている。


SadoTamako

投稿者について

SadoTamako: フォトグラファー 北京大学留学後、’99年より北京在住。中国関連の写真とエッセーを内外のメディアに発表している。 『NHK中国語会話テキスト』、『人民中国』の表紙写真、『読売新聞国際版』リレーエッセーを連載。 著書に『幸福(シンフー)?』(集英社)など多数。(ウエッブサイト