上海編 その3 ー 「教育熱の加熱と「後門」

ローカル学校の現状





前回、社区の先生が言っていた「後門」。
なんとなく意味はわかるのでは?
中国語発音では「ホウメン」。
今の上海では、「裏口入学」を表す言葉だ。
しかしこの言葉、日本の人が思っているような重苦しい響きとは
ちょっと違った響きを持っていると、私は考えている。

話は上海のローカル学校の話に飛ぶ。

現在、上海市内にある公立学校は「学区制」。
なので、その区内に住む子供たちは指定の学校に進学することになる。

だけど、公立の学校にもランクみたいなものが存在している。
ざっくり言うと、昔から言う「重点」学校であるか否かだと思われる。

一般的には「実験」とつくだけで、「良い学校=レベルの高い学校」と判断されるが
エリート志向の強い親が多い上海では、子供を「良い学校」に入れたがる傾向があって
この「良い学校」に人が集中してしまう。
そんな事情もあってなのか、最近は「○○大学付属」という形に変えたり、数校を合併したりと
学校の「名前」や「形」は変化しているのだけれど、合併した学校など、新しいから口コミ(現地ではなにより重要!)も
なく、そこに進学させることの不安を理由に、進路変更を考えだす家族も出てくる。

運良く住んでいる学区に「良い学校」があれば、親も迷いはないだろうが
そうでなければ、財力に任せて子供をスクールバスがある遠い私立の学校にやる親や
全学区の公立学校へと挑戦するなど、これまた選択はバラバラだ。

不動産も「良い学校」の学区内にある不動産物件はエリア内の平均価格より値段が高めと聞く。
「良い学校」に行かせるためなら、家族大移動だってしてしまう家族もいるというから
世間話でそんな話を聞きながら、私も驚いていたものだ。

とにかくひとりっ子の多い上海
「良い学校」をめぐってのデッドヒートはすごい。

それがまた一年一年と激しくなってきているのを感じる。

こんな現状だから「後門」はそこかしこに存在する。
「後門」人気、急上昇だ。

あなたはおいくら?
 
周囲の人々は口を揃えて
私が住んでいるマンションがある区には「良い学校」が少ないと言う。
しかも「快楽教育」と言われる方針を取っている学校が多い、というのが
息子の習い事の先生からの情報。

この「快楽教育」、日本語で「ゆとり教育」と訳せそうだけど
日本「ゆとり」のコンセプトと内容とは、おそらく大きく違っている。

そんな区にあるうちのマンションの「近所で一番良い学校」は
うちから道を隔てた向かいにあり、「学区外」になる。
なのにうちのマンションには「学区外」のこの小学校に通う子供たちがたくさんいる。

これは後門だよね?と、興味本位で数人に聞いてみたら…
「7千元」「2万元」「4万元」との答えが返ってきた。

隠すようなことではないらしく、皆スラッと答えてくれる。
子供のためだもの、しょうがないわ、が共通の意見だが
かなり値段にばらつきがあるのには驚いた。
直接校長先生に、という人が一番高いのには笑えてしまう。
取次人がポイントなのだろう。
校内のエアコン取りつけ金の寄付を迫られた、という人もいる。

でも「後門」が横行するのには、親心だけではない理由がある。
一方的に日本人的感覚で「それっていけないことよ?」なんて批判できない、と
思ってしまうような現実を見聞きしたりもする。

お金で解決できること、できないこと
 
「良い学校」の門戸は狭い。
学区内であっても、人気の学校には毎年2000人もの子供達が面接に押し寄せる。
息子が通っていた以前の学校は全学区制だったが、ここも同じ状態だった。
面接日には学校周辺は人山の黒だかりだ。

人口の多いこの国では、けっして日本と同じように物事を考えてはいけない。

たとえ狭き門を(後門ルートで)入っても
授業についていけなければ、小学生でも「留年」がある。
さらには成績が芳しくないと、親は事あるごとに呼び出される。
結局は転校を余儀なくされる場合も。
「良い学校」からの転校なら受け入れ先もあろうが
それ以外の学校では、受け入れてもらえないケースも。

一番大変なのは常に競争にさらされている子どもたちには違いないが
この競争社会は、親をも巻き込んでいる。

他にも、外地からきた人たちの悩み話を聞くと
また違った現実が浮かんできて、切ない。

上海は外地からの流動人口が多い大都市なのに
外地人が上海で受けられる教育は中学までという事実がある。

上海戸籍がなければ、上海で仕事をする両親と離れて
戸籍のある田舎の高校へ進学するしか選択はない。
育った場所にいられない上
大学で上海に戻ろうとすれば、並大抵の努力ではかなわない。

たとえ外地からきた共働きの家庭が、家族で上海にいようとしても
費用の安い公立の幼稚園では、外地人の幼児を受け入れていない。

私立は高いからか、公立の「託児所」にはいつも外地人の子どもがあふれている。
その託児所も、最近では合併しただの、移転しただのと
うちの周りでは変化がめまぐるしい。
そんな事情も親子別居に追い打ちをかけているのではないだろうか。

子どもを上海籍にしようと
上海で成功した外地人の夫婦が4年間、公安に掛けあってあれこれやっているが
どうにもなってないところをみると
いくらお金を払おうとも、解決できない問題もあるようだ。

金を払って解決できる問題なら、という考え方が存在しても
仕方ないじゃないかと、ふと思う瞬間がある。

子どもの幸せは一族の幸せ
 
この国の人達は、家族(一族)の幸福のためにはどこまでも突っ走る。
だからこそ、この「後門」も加速していく。

でも、それは単に「子供の」幸福のためだけではない。
「子供の教育の成功」は一族全員に幸福をもたらしてくれるものなのだから、親も力が入るのだ。
自分の老後を、子供に賭けている。

息子たちを遊ばせていると、同じマンションに住んでいる顔見知りの日本語の流暢な女性が声を掛けてくれた。
彼女の息子は、上海でも有数の有名中学のインタークラスに通っている、「近所で一番良い学校」出身者だ。

以前に学校のことで聞いたことがあったせいか、

「あなたのところの老二、来年小学校よね。
あの○○小学校行かせたいなら、私、校長知ってるわよ」
とのこと。

うーん、校長か…なるほどね(頭の中に金額が浮かぶ)。
事前の調査が役立ったな。

私の住んでいる区では、外国人でも学区内の指定の学校しか選択できないと聞いた。
…選択肢を広げる意味ではそれもあり?と
頭の中でそろばんを弾いている自分は、もう彼ら上海人の列に並んでるのかもしれない。

上海人、外地人、外国人。
上海という街の親は、それぞれの立場で「教育」という名の
大渦に巻き込まれている。

注:
「上海戸籍がなければ、上海で仕事をする両親と離れて、戸籍のある田舎の高校へ進学するしか選択はない」と書きましたが、その後、下記のことがわかりました。
「现在在上海有房,孩子中考高考都在上海」、つまり現在では、親が上海に家を所持している場合には、高校進学ができるようになっているそうです。前に私が聞いた例は出稼ぎなどの人たちだったようです。

 2009年以降、特定の条件下の子どもであれば、上海戸籍の取得が比較的スムーズに許可されているようです。その条件は以下の通りです。

1、両親は外地人(上海以外の戸籍をもつ人)であるが、どちらかが上海市居住証(取得には高学歴または技術者、上海に貢献する起業者であるなどの査定条件がある)をもっている。
2,申請する本人が14歳以下である。

 これらの条件を満たしていれば上海戸籍が申請でき、上海での大学受験も可能となるようです。現在、上海に家をもっているだけでは、上海戸籍は申請できないようですが、これから先、また変わる可能性はありそうです。



tako

投稿者について

tako: 1998年より上海在住。留学後、現地ベンチャー、フリーコーディネイター、駐在員を経験。現在、専業主婦。 ローカル生活の中で「小さな幸福」を見つけながら、地道に暮らす。 家族は、現地で起業している夫と現地校に通う息子が三人。趣味はネットリサーチ。