上海編 その6ーデモの中、病院へ その1



(写真)上海の老舗病院、華山医院(実際に行った病院ではありません…)

戦争、ですか!?

その日、メインストリートを友だちと歩いていた。

2、30代くらいの男性たちが引く廃品を載せたリアカーが何台も通り過ぎる。
いつもと違うのは、その男性たちのうちの一人ひとりが
すれ違いざまに覗き込むように、じっと私と彼女の顔見ることだ。
華僑である友人とは中国語で話していた。

友人は「気味悪いね、なんなんだろ」と話す。

その言葉を聞いていたのか、男性の動きが一瞬止まった後、またリアカーを引き始めた、
通り過ぎざまに聞こえた言葉は、
「なんだ老外(外国人という意味。日本人は一般的に含まれない)か」
その男性と目があった私は、そのギラギラした目付きに正直、おののいた。

その日の朝、日本人が暴行を加えられたという
報道があったばかりだった。

たった数日前から、街の色までが暗く変わってしまったかのように思えた。
最低限の買い物を済ませたら家に戻る、そんな日が続いていた。

在上海日本領事館でデモがある、という情報が流れた当日。

銀行に用事があったので、
中国系銀行ではないし、大丈夫だろうと自転車を飛ばした。
タクシーに乗る距離でもなかったし、その気にもならなかった。
乗車拒否されたとの情報も聞いていた。

いつも私を担当してくれる日本語が流暢な上海人のお姉さんは、
私を見つけるなり、
「こっちに来て、takoさん!」と
小声で手招きした。

いつもは朗らかな彼女が
緊張した顔つきで小声になっている。

「うちは中国人のお客さんも多いからこっちで」
と、個室に通された。

どう取ればよいか、頭を整理しつつ個室に入ると、

「ここまでくるの、大丈夫でした?
実はうちの銀行の支店の前で大声で叫んでいる人がいて。
日本の銀行と勘違いしてたらしいんです。
それで銀行内に注意令が出ているんです」

あきらかに文化程度の低い人たちの行動だね、と、
彼女と笑っていると、急に彼女は真面目な顔になった。

「でももし戦争になったら、こちらでは情報がコントロールされて
いるので、日本のほうがニュースが早いと思います。
何か情報があったら早く教えてもらえますか?」

びっくりしてしまった。
「戦争」という言葉なんて、今の日本人には一番遠い言葉だろう。

でも彼女の顔は本当に真面目だった。

「もちろん、そうならないといいですがね…」

急速な経済発展を遂げている、国際都市の
外資企業勤務の若い女性が発した言葉だった。

家に戻って、ネットを見ると、
今度は青島のデモの暴動の報道。

改めて、日本と自分がいる国の思考の違いを思う。
「日本の教科書には<愛国>なんて言葉は出てこない」
そう言った時の銀行員の彼女の驚きの顔を思い出した。

その夜、
ダンナ様と今日あったことも含めて夜更けまで話し合った。

そして、在上海日本領事館の9・18デモ予告の前日…。

こんな時に限って…(親の本音) 前日から、老大の様子が変だった。 「なんか息をするとお腹痛いんだよね」 と肩を回したり、腰を回したりしていた。 最近、よく口にしていたので気になっていたのだけれど、 こんな時でもあるし、 「今、病院にわざわざ行かなくても」 と老大の様子をみることで一時的に この問題は決着していたのだけれど…
週末の夜8時をまわった頃、老大は本気で痛い、と言い出した。 触ってみると、右横腹がポコッとちょっと腫れているような気がする。 これはもしかすると「虫垂炎?」じゃ? 経験のない私には判断もできない。 あーでもない、こーでもない、とダンナ様と話し合った後… 病院に連れて行くことになった。 この時間では日系のクリニックなど空いてないだろうし、 もし虫垂炎であったとして、手術が必要となれば、 どちらにしろローカルの病院への転院が必要になる。 そこで時々通っていた台湾系の病院へ。 最近場所を移転して、救急病棟もできたと聞いていたので、 さっそく電話。 「虫垂炎の疑い?では今すぐ来てください。」 とのこと。 痛がる老大を横にして、 私とダンナの話し合いが始まった。

どちらが連れて行く?

「さて…どちらが連れて行く?」 子ども3人を連れて救急は面倒だ。 必然的にどちらかの担当となる。 「やっぱりお母さんがいいんじゃない?」 すかさずダンナが突っ込む。 「でも、こういう時だし、車あるし。 あなたが便利でしょう?(日本車だけど)」 普段は中国語のレベルと経験から、 病院担当は私となっている(らしい)。 しかし、今回は私の言葉になぜか納得したダンナ様が、 中国語に不安を残しながら(滞在年数は私より長いのに…) すごすごと老大を連れて出ていった。 ダンナ様、初めての中国の救急体験。 夜の病院に潜入!ってか? 心配だ… 以下次号!



tako

投稿者について

tako: 1998年より上海在住。留学後、現地ベンチャー、フリーコーディネイター、駐在員を経験。現在、専業主婦。 ローカル生活の中で「小さな幸福」を見つけながら、地道に暮らす。 家族は、現地で起業している夫と現地校に通う息子が三人。趣味はネットリサーチ。