僕のカノジョは中国人

発展と変化とともに、時代をたくましく生きるエネルギーあふれた中国人女性。そんな中国女性の魅力にマイった日本の男たちがいます。中国女性と恋に落ちた日本人男性、中国女性と恋愛の末にゴールインした日本人男性に、カメラマン・佐渡多真子さんが、中国女性と生きるリアルをじっくりと聞きました。大陸での中国女性と日本男性のラブストーリーをつづります。



その1 スナック小姐から実業家へ。彼女についていこうと決めたワケ ー 梅木鉄平さんの場合 —

 梅木鉄平さんが乗った旧式のサンタナは、森林とジャガイモ畑だけが続く山道をゴトゴトと音を立てて走っていた。中国北部・黒竜江省、まさに、カントリ〜ロード♪と歌が聞こえてきそうな田舎道だ。あまりに未開発な風景に驚きながら、梅木さんは横に座るカノジョを見つめた。こんな山奥からたった1人で都会に出てきて自分の店を経営するようになるまでに、カノジョはどれほどの思いをしてきたのだろうか。カノジョとのこれまでの3年間を梅木さんは振り返っていた。

 カノジョと出会ったのは、梅木さんが35歳でIT関連の会社の駐在員として北京に赴任して間もない頃だった。失恋した友人の気分転換になればと、3日間続けてスナックに繰り出した。そこでホステス、いわゆるスナック小姐として働いていたのが梅木さんより11歳年下のカノジョだった。梅木さんいわく「ドラミちゃん似」のカノジョは、小柄で目がくりっとしたぽっちゃり体型の明るい子だった。何度か店に通ううち、何人かで遊園地に行ったり食事をしたり、店以外で会うことが増えてきた。カノジョはいつの間にか梅木さんの家に居着いていた。

 梅木さんは大学時代にミュージカル系サークルでセミプロとしてステージにも立ち、女性にも人気があった。卒業後に神戸の運送会社に勤めていた時には一般職の女性に囲まれていたが、結婚したいと思う女性はいなかった。
「恋愛の機会はけっこうありましたが、日本で知り合った女性は依存心が強く、結婚を目的に値踏みされているような気がして本気になれなかったんです。女性を守るのは苦手なので、頼られすぎるのが嫌だったんだと思います」
 カノジョとも、結婚は考えていなかった。家が明るくなるのでカノジョが一緒にいたいのならいればいい、それだけだった。しかし、一緒に暮らす中で梅木さんはカノジョの向上心と人間的な強さを知っていく。雇われのホステスだったカノジョがその後友人と2人で店を経営。やがて、北京で人気のエリアに自分のスナックを持った。駐在員である梅木さんの給料はかなりの額になるが、カノジョの収入は1年後には梅木さんのそれを超えた。カノジョは今後、別のビジネスも展開する予定だ。
「カノジョの仕事に関してお金を貸したりしたことは一度もないです。むしろよく小遣いをもらっています」
 ふたりの時間は穏やかに流れていた。

取っ組み合いのケンカで決意した結婚
 
 そんな日々はカノジョとの大喧嘩を機に展開が変わった。
 ある日、カノジョは体調が悪く梅木さんに「今日は早く帰ってきて」と電話をした。接待中で酔っていた梅木さんは彼女の体調のことを知らず「うるさい」と言って電話を切った。
 深夜、家に帰りドアを開けるといきなりクッションが飛んできた。クッションはテーブルの上のグラスにあたり、グラスはカシャーン!と尖った音を立てて床に落ちた。この音に梅木さんの何かが切れてしまった。
「いきなりモノを投げるなんて、何考えてんだ!」と怒鳴った梅木さんにカノジョは殴りかかってきた。梅木さんにとって生まれて初めて女性との取っ組み合いの喧嘩が始まった。梅木さんは唖然とした。男の力はカノジョよりもずっと強いと思っていたが、小さな頃から喧嘩慣れし肉体労働の経験もあるカノジョの力は驚く程強く、梅木さんは首を絞めようとするカノジョから自己防衛するのが精一杯だった。部屋中のあらゆる物も飛んできた。最後にはカノジョがゴルフクラブを持ち出すのではと、梅木さんは命の危険を感じた。休戦を交えながら2時間ほど続いた取っ組み合いがピークに達する頃、カノジョが叫んだ。
「あんた、ほかに女がいるんでしょう!」
 梅木さんは意地でつい、
「対、そうさ」
 と言ってしまった。そのひと言で急にカノジョの力が抜けた。
 午前3時、数メートルと離れていないソファーにうなだれたカノジョから梅木さんの携帯にショートメッセージが届いた。
「明日出て行きますが、荷物を運ぶのに2、3日だけ時間をください」
 翌日梅木さんが家に帰ると彼女の姿はなく、荷物もほとんど整理されていた。
 カノジョがいなくなった部屋で梅木さんは考えた。自分は大学でサークル活動を楽しみ、留年もして24歳になるまでずっと親に養ってもらっていた。 カノジョは中学を卒業してすぐ家を出て、野宿をしながらたった1人で北京の都会に来た。そして飲食店で働き、重いビールケースも運びながら家に仕送りをしていた。30歳前にして今では店の経営者として日本人の自分より稼ぐまでに仕事を成功させた。 体力も人間力もこの人にはかなわない。負けるのは悔しいけれど、でも、もしこんな強い人が身内だったらこれほど心強いパートナーはいないのではないか。カノジョがつけた体のアザと爪あとを見つめながら梅木さんは思った。
 カノジョからは全く連絡がなかった。数週間後、梅木さんはカノジョの店を訪ねた。そこにはげっそりと痩せたカノジョがいた。
「その姿を見た時、こいつは自分と別れて本当に悲しかったんだと思いました。裏切らないのはこいつだ。こいつとなら一緒に前に進めると思いました」
 梅木さんは結婚を決めた。
 
 梅木さんとカノジョを乗せた車は、初めて会うカノジョの両親の家につながる山道を、奥へ奥へと進んでいた。(文中仮名)






Tamako Sado

投稿者

佐渡多真子

フォトグラファー

北京大学留学後、’99年より北京在住。中国関連の写真とエッセーを内外のメディアに発表している。

『NHK中国語会話テキスト』、『人民中国』の表紙写真、『読売新聞国際版』リレーエッセーを連載。著書に『幸福(シンフー)?』(集英社)など多数。
HP http://www.tamakophoto.com

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