その10 姑のみならず妹一家も同居。中国人として育てる、大家族子育て — 吉岡礼子さんの場合 —

2016年9月1日 / カレは中国人

 北京のIT関連会社に勤める吉岡礼子さんが中国に来た理由はこうだ。95年に大学を卒業して広島の建築会社に勤めていたが、入社3年目で「そろそろ結婚したら」と、あからさまな肩たたきにあったのだ。大卒で仕事も男性の同僚以上にしているのに、なぜ女性というだけで差別を受けなくてはならないなのか。小さな頃から仕事で力を発揮したいと考えていた礼子さんは失望した。
 
 大学で中国文学を専攻していた礼子さんは、一から中国語を勉強し直せば中国で仕事のチャンスがあるかもしれないと、会社を辞めて99年、北京に留学する。猛勉強して1年後には北京の印刷会社で採用が決まった。最初は業務用の中国語がわからず苦労したが実践で中国語を学ぶことができ、中国語力は急速に伸びた。
 
 仕事に慣れてくると、会社の同僚たちと食事をしたり遊びに行ったりする機会が増えた。そんな同僚の中に、吉林省出身でグラフィックデザインを担当する2歳年下のカレがいた。グループで集まっているうちに、だんだんとふたりだけで出かけるようになった。カレは、お寺や廟などを巡り、ゆっくりとものを考え静かに過ごすのが好きだった。礼子さんも趣味が近く、静かな時間の共有が心地よかった。
 
 02年、ふたりは中国で結婚した。
 
 カレにはひとつ結婚の条件があった。将来故郷の吉林省から両親を呼び同居すること。
 
 結婚2年後にカレのお父さんが他界し、入れ替わるかのように第1子を授かった夫婦は、母親との同居を始めた。
「文化大革命を経験している母親はとにかく節約に厳しかったです。洗濯機は電気代がもったいないし、よく落ちないから使ってはいけないなど、時代差を感じました」
 
 今でも家族は全員、ジーンスやシーツなどの大きいもの以外は手洗いしている。
 
 さらに2年後には、子どもが生まれた義妹夫婦まで礼子さん夫婦の家で暮らし始めた。

 「大家族に慣れるまでは大変でした。でもカレがいつでも不満のはけ口になってくれました。アドバイスをくれるとかたしなめたりはしないのですが、とにかくよく話を聞いてくれました。そして、お母さんがいろいろ言うのは君を家族と思っているからで、君も本当の母親と思って何でも言っていいんだよと言ってくれました」

妻が稼ぎ頭、夫は指令塔、姑と義妹は家事子育ての役割分担

 08年、ふたりは第2子を授かった。中国では第2子は違法のため、子どもに中国籍を取らせる場合は数万元の罰金を払わなければならない。
 
 将来も仕事を続けるつもりの礼子さんは、日本に帰国することは考えていない。夫婦は、中国で育てることになる第2子に、日本国籍ではなく中国籍をとり、中国語が母国語の中国人として育て、中国の文化をしっかりと身につけさせたいと考えた。

 「子どもの成長の場が中国になるならば、中国人として育てようと決めました。国籍はどちらでもよかったのですが、完璧な母国語を話し、どちらかひとつの国のきちんとしたアイデンティティーを持つことは、人間の強さの土台になると思いました」
 
 結果として子どもたちは、母親は日本人だと知っているが自分たちは中国人だと思っている。
 今は7歳と4歳の子どもふたりと5歳になる妹の子を家族で育てている。
 けれどもこれから先も、小学校探しに始まって大学受験まで悩みは尽きない。子どもたちの戸籍は吉林省にある。現在、一家は北京で暮らしているが、北京の戸籍がなければ北京で大学受験はできない。地元の吉林で大学受験をすることになるが、事前に数年間吉林で教育を受けないと受験資格が与えられないため、一家は吉林に引っ越さなければならない。拠点や仕事もなく、いい大学の選択肢が少ない吉林への引っ越しはしたくない。
「そんな風に悩んでいるとカレが、天津でマンションを購入すると戸籍を天津に移せると言ったんです。天津は北京に近く良い学校も多いので、子どものために天津に家を買うことに決めました」
 
 今のところ、経済面は礼子さんの分担が多めで、家事子育ては母と妹と協力してやっている。妹は、1人っ子の子どもに兄弟ができて幸せだと、3人まとめて面倒をみてくれる。そして、将来的な大きな方向を考えたり、中国独特の関係社会を渡っていく情報やコネクションをつかんでくるのはカレの役目だ。

 「私に気を使ってくれているんだと思いますが、母親は内孫と外孫をはっきり区別してうちの子の方をあからさまに可愛がってくれます。うちの子に何か買ってくれても妹の子には買わず、妹に、これを買ったからあなたの子どもにも自分で買ってあげなさいというのです」
 
 中国人の家族と暮らしていれば、中国の習慣や考え方も多く学べる。
「私の実家の両親は、日本から孫に文具を送りたいけど、日本のものを持っていて幼稚園で友達にいじめられたりしないかと心配します。けれども北京の家族は、品質のいい日本製のものを持っていると尊敬されるから送ってもらえばいいと言います。日本では上でも下でも異質なものをいじめ、中国では弱いものお金のないものをいじめる、という違いを感じます」(文中は仮名)