第3回:結果主義

2016年9月11日 / カイシャの中国人

 結果主義。平たく言えば「結果がすべて。途中のプロセスや動機はどうでもいい」という考えのことだ。これは僕が会社の中国人を見て、そういう思考プロセスもあるんだ!と妙に納得してしまったことのひとつだ。いくつか例をあげてみよう。
 中国のある日系企業では昨今の不動産事情に鑑み、自宅を持っていない社員に家賃補助を出していた。いわゆる外地から来た社員は家が買えない場合があり、また会社のある都心に近いマンションだと家賃も高いので、通勤の便を考えて少しでも社員の生活を補ってあげようという主旨だ。日本だと会社が家主と直接契約(法人契約)してくれる場合もあるが、中国だと大家との契約が複雑だったり社員が転職すること多いので、この日系企業は毎月、給与とは別に家賃補助として現金を支給していた。

 ところがこの会社のある社員は、会社の近くのマンションに住んではいるのだが、家賃を払って捨て金になるぐらいならとマンションを購入してしまい、もらった家賃補助のお金を住宅ローンの返済に充てていたのだ。あるときこれが会社の知るところとなり、僕の友人(その会社の総経理)はその社員に言い渡した。「家賃補助として支給しているものを自分の資産になるローン返済に充てているのは規則違反だ。家賃補助を打ち切る」と。

 日本の会社の論理から言えば、家を借りていないのだから本来の補助金支給の主旨と異なるし、また住宅控除の税法等でも問題があるから当然の処置だと思われる。ところがこの社員は会社の措置に不満を訴えた。「確かに家賃補助という主旨とは違う使い方だが、実際に会社の近くのマンションに住んで通勤しているし、会社から現金でもらったものは給与と同じですから使途は個人の自由でしょう。だいいち私は会社には一円の損害も与えていないじゃないですか!」

 僕の友人は、この社員は高級管理職だったこともあって会社をやめてもらったと言った。でもこの話を聞いて僕は思った。確かに“結果的には”会社に損害も与えず、何の影響も与えていない。税法上の問題を除けば、彼の言い分もわからないではないと。

 もうひとつ例をあげよう。僕の親しい友人に中国の大手法律事務所のパートナーがいる。彼はあるとき僕にこんな話をしてくれた。「弁護士事務所に訴訟の依頼がきて、我々弁護士も全力で取り組んだが結果的に訴訟には敗れたケースがあったとします。しかしこのようなとき、日系企業と中国企業の場合ではクライアントの評価は180度違います」

 つまりはこうだ。日系企業は裁判の“プロセス”を重視するので、弁護士が法律と格闘し全力を出してくれれば、結果が敗退であっても「お世話になりました」と高く評価してくれる。ところが中国企業は違う。“結果的に”敗退したのだからかなりのクレームになるのだそうだ。「中国企業にとっては途中のプロセスはどうでもいいのです。要するに弁護士事務所に依頼するのは訴訟に勝つためだからです」

 だから中国の法律事務所で最も多くのクライアントが取れるのは「訴訟に勝てる弁護士」なのだ。「あんまり言いたくないが」とこの友人は言ってくれた。「腕のいい弁護士の要件は、法律の知識や解釈の力ではないのです。要するに人脈です。つまり裁判官や政府関係者と強い人脈を持っている弁護士が優秀な弁護士だとみなされます」。ここでも「結果主義」が如実に表れているではないか。

 そう言えば、中国の法律では1,000元以下のものを盗んでも窃盗罪にならない、つまり不問に処すということらしい。中国の刑法はかなりの部分、日本の法律を参考にして作られたと聞いたが、この部分だけはちゃんと中国式になっている。つまり窃盗そのものは悪い行為だ、けれども1000元以下だと“結果的に”損害を与えたとは言えないのでセーフなのだ。日本だと1円でも盗めば当然窃盗罪だ。中国式解釈はどこまでも現実的なのだ。

 しかしこうしていろいろ思い巡らすうちに、何だか日本の会社の規則が窮屈だと感じてきた。例えば日本では多くの会社で社員が退社後の時間であっても別の職に就くこと(兼業)を認めていない。本職の業務機密に関係する可能性があるとか、所得税の問題がややこしくなるとかが原因なのだろうか。じゃあ無償ボランティアだと問題にされないのは何故なんだろう。よくよく考えてみるとなぜ兼業がいけないのか僕もわからなくなってきた。“結果的に”会社に損害を与えなければいいはずで、そもそもオフタイムは給料に入っていないので自由じゃないかと思う。日本の会社は社員が法律を犯すリスクを最小化したいがために、社員の全生活プロセスにまで立ち入って干渉しているんじゃないだろうか。

 会社の中国人が時折感じさせてくれる「結果主義」の論理には問題もあるが、実はなかなか論破できないのではないだろうか。例えば領収書の水増しとか、発注業務にキックバックのお金を忍び込ませたりすることなどは、会社に実質の損害を与えるのでやってはいけないことだ、ぐらいはさすがにみんな理解している。常識的な中国人社員は当然職業倫理を持ち合わせているし、上述の家賃補助の目的外流用も決していいことだとは思っていないだろう。でも日本企業がなぜそこまで“プロセス”や“規則の主旨”にこだわるのか、彼らはやはり理解できないのではないだろうか。

 「結果主義」と「プロセス重視」。考えれば考えるほどこれはとても奥深い分析だと気がついた。『目的のためには手段を選ばず』という考えは、日本では軽蔑されるが、中国は必ずしもそうではない。そう言えば中国という国家の外交だって……。もう「カイシャの中国人」の範疇を越えてしまった。今回はこの辺でやめておくことにする。