第17回:中国式アポイント

2016年9月11日 / カイシャの中国人



(写真)そういえば、自分のスケジュール帳を持っている中国人は少ない


 中国で仕事をした経験のある方なら、中国でのアポイントの取り方が日本とはずいぶん違うと感じるはずだ。特に政府機関とか企業でも偉い人のアポイントを取る時は、みんな苦労したことがあるだろう。

 僕の経験をもとに言うと「中国式アポイント」には2つ特徴がある。まずひとつは「直前まで返事がもらえない」ということだ。特に日本本社の偉い人を中国の要人に会わせようとした場合、日本側は中国出張手配の都合もあるから、せめて1週間前ぐらいにはアポイントの可否について返事が欲しい。しかし結果的に断わられるのは仕方がないのだが、1週間前ではアポが可能なのかどうかの返事すらもらえない。ひどいケースだと前日になって結果がわかることもある。

 どうしてこうなるか?中国の偉い人のアポイント対応はおそらくこうだ。基本的にダブルブッキングでも受けておく。そしてアポイント当日に近くなると自分にとって最も会う意義がある人を選び、それ以外の人にはお断りを入れる。もし中国側の相手が政府機関のトップ(主任等)のアポイントの場合だったら、次席である副主任クラスの人でどうかと言って来ることもある。いずれにしろ対応はあくまで自己都合的だ。そう言えば中国の偉い人が自分のスケジュール帳を見る光景はみたことがない。でも直前にアポイントを断られた側にとってはたまったものではない。

 僕はもう中国に8年以上いるので、もう何百件もこうしたアポイントをアレンジしてきたのですっかり慣れっこになってしまった。しかし中国でもこうした“悪しき文化”はビジネスの世界に入らないと経験できないので、僕の会社の中国人社員でも最初は面食らう。日本側からは「俺の予定が立たないから、早く返事をもらえ」とプレッシャーをかけられ、中国サイドからは「主任のスケジュールは、○○が終わらないと確定できないから待ってくれ(つまりまだ値踏みされている段階)」などと言われ、その結果、この社員は双方の板挟みになって苦しむことになる。

 中国式アポイントの2つめの特徴は「アポイントの優先順位」だ。第1番は自分の組織上の上司、第2が親しい友人、第3がその他外部という順番だ。つまり日本のビジネスマンとはまったく逆だ。たとえ外部の人からのアポイントにOKを出して日程が確定していても、自分の組織の上層部とか中央政府からのアポイントが来たら、外部からのアポイントは前日でもひっくり返す。それが例えば重要な顧客だとしてもおそらく断るだろう。

 一昨年のことだったかと思うが、北京の日本大使館の大使が在北京の日本企業トップらを引き連れてある省の書記(省のトップ)を訪問する予定が組まれていた。これだけの人数の使節団だから当然、日程はおよそ1ヶ月前には確定していた。ところが1週間ほど前にキャンセルになったのだ。聞くところによれば、その日に中央政府の偉い人がその省を訪問することになったという。こちらは在中国の大使でいわば国の代表だし、訪問する企業トップはその省への投資について相談に行くのだからいわばお客様だ。日程は急きょ変更されて数週間後に訪問団は無事に書記に会うことができたが、まさに「身内優先」という我々の常識ではありえない対応だった。

 中国がなぜこういう習慣、文化になっているかは容易に想像がつくだろう。国全体が党や政府を頂点としたヒエラルキー構造になっているからだ。だから仕事に関するいろんな行動も上からの命令が絶対的になる。中国人の仕事がとかく“内向き”になってしまうのも仕方がない。しかしグローバルなビジネスの世界になるとこういう文化は通用しない。市場経済を標榜しグローバル経済に組み込まれた中国には、そろそろこういう悪しき習慣を変えてもらわなければならない。

 もうひとつ例をあげよう。今年の春頃、僕はある政府の方から日本訪問に関しての協力依頼があった。現在日本への入国ビザ取得に際しては、日本のしかるべき機関からの「招聘状」が必要になっている。それで政府の方から僕の会社にその招聘状を出してもらえないかと依頼がきた。僕の会社はこの政府の訪日活動とは直接関係はなかったが、いつも日本入国で煩わしい事務手続きを課しているのは日本国の方なので、何とか協力してあげたいと思い、日本本社の決裁を取り招聘状を作成してもらった。

 ところが、訪日の1週間前になってこの政府から訪問中止の知らせが入った。その理由は「訪問する政府要人の訪日に関して、上層部からの許可が出なかった」というものだ。なぜ許可が出なかった等々については、中国政府の事情なのでよしとしよう。しかしこの政府の担当者からは、招聘状を作成した僕や僕の会社には何一つお詫びの言葉が来なかった。人にものを頼んでおいてそれをキャンセルしたというのにだ。僕はこの対応には少々頭に来た。

 訪日予定だったこの政府の要人から見れば、自分の出国を許可しなかったのは政府の上層部であり、自分の責任ではないということなのだろう。自分の責任ではないからお詫びするということも思いつかないのか。かように中国式アポイントは、未だにどこまでも自己中心的だ。中国の役人にとって、訪日アポイントであっても面会を“お願いする”類のものだと認識していないのではないかと思う。

 中国人の友人は、日常のビジネス行為における「相手への気遣い」の考え方が日中でちょっと違うのではないかと指摘してくれた。中国人はとても友人関係を大切にする。もし僕がこの政府の人の大切な友人だったりしたら、訪日キャンセルしたことでお詫びの言葉どころか何か贈り物を送ってきたりするだろう。しかしそうでない、ましてや日本入国ビザといった中国側からみればやや屈辱的な手続きで支援を受けた相手など、気を使う対象ではないというわけだ。

 日本人は、親しくない他人に頼まれたりすることにはえらく気を使ってしまう。中国人とはまったく逆だ。アカの他人にこそ最大限の気を使う。そう言えば思い当たることがある。日本人は電車の中や会議では自分の携帯電話が鳴っても出ない、目の前にいる他人に失礼だからだ。親しくない人に思わずお世話になった時などには丁寧なお礼をすることもいい例だ。社会の文化の違いで、大事な人の順番が日中では違うのだ。

 そう思えば、中国政府のスポークスマンの外国メディアへの高飛車な態度は、あながち大国のプライドとかいうものだけではなさそうだ。中国人はアカの他人には媚びないのだ。僕は「中国式アポイント」には辟易しているが、日本人の例えば身内を紹介するときに名前を呼び捨てにするといったような極端な“身内軽視主義”も、改めて考え直してみた方がいいかもしれないと思う。