第10回:台湾人と香港人

2016年9月11日 / カイシャの中国人



(写真)芸能界は例外。台湾人や香港人のスターは今でも憧れの的だ。


中国大陸には、台湾人や香港人と呼ばれる、外人とは言えないがさりとて大陸の人々とは異なった政治制度や文化環境の中で育った人たちがたくさんいる。彼らの普通語は当然、訛っていたりぎこちなかったりするのだが、我々日本人には大陸の中国人と見分けがつきにくい。彼らには言葉の壁がないため、大陸でビジネスをするときに政府やローカル企業と丁々発止のやりとりができるし、中国人の文化や習慣も民族的に理解できるのでとても羨ましく感じる。

 ところがこの台湾人、香港人がいざ同じ会社で大陸の人と一緒に働くとなると、これはなかなか微妙なのだ。いわゆる近親憎悪とでも言うのだろうか、似ているのにちょっと違うことが双方にとって大きなストレスとなるようだ。総じて言えば台湾人や香港人は、自分たちが大陸の人より先進的な地域で育ち、自由な教育も受けてきたからそれなりの優越感を持っている。だから時として大陸の人々を見下すような言動をすることもある。それが大陸の人々にはとても癪にさわるのだろう。逆に今では、むしろ台湾人や香港人に対して「俺たちが食わしてやっている」と言わんばかりの態度を見せる大陸の中国人も現れているが。

 僕は2002年に上海で会社を設立したときは、大陸に大きなコンサルティング会社は少なく、経営コンサルタントという仕事も認知されていなかった。だから採用面接をしていても、この職種が何をするものなのかを理解ができない人が多かった。そこで僕は日本の本社と相談し、既に会社や事務所を設立して業績もあげていた当社の台湾と香港の拠点社員に大陸に来てもらい、会社の事業立上げを助けてもらうことにした。彼らは中国語ができるので、日本から日本人社員を連れてくるより戦力になると思ったからである。事実、彼らはその経験を活かして大いに戦力になってくれた。

 しかし異なる習慣や文化を持つ人を集めた会社では、いろんなことが起こる。仕事上では第一線に立ってばりばり働いてくれた彼らも、やがて台湾人、香港人という微妙な立場に苦しむことになる。あるとき、僕と台湾人と上海人の社員の3人で中国国内に出張した。もちろんこの台湾人は性格のよい子で、一緒に行った上海人とも普段はとても仲良く仕事をしている。しかし食事のときのちょっとしたやりとりを聞いて、僕はびっくりしてしまった。その時の詳しい内容はもう記憶が薄れているが、確か台湾人社員が大陸の何かの政策を批判した時、上海人社員が急に大きな声で言い返したのだ。「そんなこと言うなら、貴方たち台湾人はみんなさっさと島に帰ればいいじゃない!」。

 結局、大陸での会社の立上げのために来てくれた台湾人と香港人は、約1年の勤務で元の勤務地に戻った。何度も言うが、彼らは本当にみんなの先頭に立って会社に貢献してくれた。僕は彼らにもう少し上海の会社にいて欲しかったが、どちらの社員も帰任にあたっては同じことを言った。「やはり大陸の会社は、大陸の中国人が中心になっていくべきです」。順調に見えた会社生活だったが、彼らには人に言えない苦労があったのだろうと察した。

 ある上海人の社員が笑いながら僕にこういったことがある。「松野さん、上海にいる外人の中で上海人が最も嫌いなのはどこの人だ思いますか?」。彼は笑い話として言ったのだろうが、その結果はおのずと推定できた。彼曰く、「台湾人、韓国人の順です」。おや日本人は入っていないのかな?「上海人は日本人を好きな人も嫌いな人もどちらも多いので、イーブンです」。

 初めて大陸に来た時、僕は台湾や香港で仕事をした経験がある日本人から、中国でビジネスをするなら台湾人や香港人と組むのが近道だとよく言われた。我々日本人とは文化や習慣に対する理解度が違うからというのがその理由だ。しかし僕は当時、直感的にこの考えには同意できなかった。中国人には先進国に対する一種の憧れのようなものがあり、会社で一緒に働く欧米人には少し気後れするところがある(日本人も同じだが)。しかしそれは文化や習慣がまったく違う欧米人だからだ。少なくとも職場で台湾人や香港人と一緒に働く時、彼らに憧れは持たないだろう。むしろ彼らに指図されるのは不愉快と思うはずだ。

 現在は中国の国策上、台湾や香港との間には有利な貿易協定があるので、彼らと組んで大陸でビジネスをすることはある種、理にかなっている。僕が大陸でのビジネスにおいて台湾人や香港人と組むのが得策とは思えないと書いたのは、あくまで職場の人間関係上での話だ。もっとも、今では両者の力関係が大きく変わりつつある。大陸人もビジネス経験が豊富になり心の余裕もできたので、むしろ台湾人や香港人は使い易くて可愛がられる存在に変わっているらしい。GDPも追い越してしまったので、我々日本人もそろそろ可愛がってもらいたいものだ。