第7回:トップダウン社会

2016年9月11日 / カイシャの中国人



(写真)中国には国家がトップダウンでつくる計画がとても 多い


 中国の会社組織の特徴として「トップダウン」という言葉がよく使われる。もっとも欧米の会社組織もトップダウンが主流だから、中国の意思決定は欧米式に近いことになる。しかし欧米企業との違いは、欧米企業が経営トップから構成される意思決定機関やシステムが明確になっているのに対して、中国の会社は特定の個人が任意に意思決定するという俗人的な仕組みになっているところだ。
 だから中国人社員は、会社の物事を決めるのは上層部であり、自分はそれに従うものだと決めてかかっているように見える。それが給料の差であるという理解なのだろう。もちろん中国人は自分の意見を上司にもはっきりと言うから、素直に上の言うことに従うというわけでもないのだが、いずれにしろ戦略や方針を決めるのは自分の役割ではないと思っている。

 僕の本職は経営コンサルタントだ。上海のコンサル会社の総経理だった時代、ある中国系の企業を訪問し、その会社の事業戦略策定のコンサルティングを提案したことがある。提案の一項目に「今後十年の中国の経済・社会予測」というのがあった。でもその会社の社長は言った。「我が国には政府が作成した五ヵ年計画というものがあります。今後五ヵ年の中国経済や社会はそこに書かれています。なぜ我々民間企業がそういうものを新たに考えなければならないのですか?」

 国家の経済・社会の将来像はお上が作成する、ということはかろうじて理解できる。しかしビジネス界にいる企業のトップまでが、近未来の事業環境を国家計画に準じてしか考えられないというのには正直驚いた。中国の業界団体には自分たち独自の視点で展望された長期事業計画というものはないのだろうか。しかしビジネスというものは、人に先んじて環境変化を読み取り、近未来の事業環境を独自に予測しておくことが成功の重要なカギになる。中国人にとっては、国家や自分たちのリーダーたちの権力争いを予測することはとても重要だが、経済や社会の未来像は自分たちの範囲外なのだという考えが身にしみている。

 中国では、例えば国家の五ヵ年計画で「緑色経済」が強調されれば、どの地方に行ってもみんな判で押したように同じ言葉を使って近未来を語る。そもそも緑色経済とは何なのか、自分の住んでいる地方、自分の業界がなぜ緑色経済を重視しなければならないのかということを突き詰めて考えている人にはあまりお会いしたことがない。政府の役人や企業のリーダー間の競争とは、新たな社会や業界を創造することではなく、“与えられた”目標の中でいかに高いパフォーマンスを発揮するかの勝負になっているといったら言い過ぎだろうか。

 そう言えば、職場の中国人に何かの行事を任せると、その段取りの悪さに閉口した経験を持っている人は多いのではないだろうか。プレゼン用のプロジェクターとか、事前にちゃんと映るかどうかチェックしたりしないから、大事な本番で映らなかったりする。そしてその時の言い訳は、「この間はちゃんと映ったのに」だ。中国では機器の故障が多いことはみんな分かっていると思うのだが、それでもこのあり様だ。職場の中国人は、本番で何が起こるかを事前に予測して準備する、といった“計画性を持った行動”については超苦手な人たちなのだ。

 僕たちは子供の頃、8月の終わりに慌てて夏休みの宿題をしていると、親からもっと計画性を持って行動するようにと躾けられた記憶があるだろう。中国って計画経済の国で何でも計画的に進める国じゃなかったっけ? なのに職場の中国人が計画を立てるのが苦手なのはなぜだろう。社会の変化が激しすぎて前提がコロコロ変わるから、真剣に計画を立てるという経験が根本的に不足しているということなのだろうか。

昔、中国のある社長に、「うちは年度予算なんて立てません。三か月先のこともわからないのに年間予算なんて意味ないでしょ?」と言われたことがある。彼の言いたいことは理解できるけど、会社のトップが計画性を持たないと下の者はただ振り回されるだけになってしまう。計画性のないトップからのトップダウン。そこまでリーダーを信頼しているのか、あるいは戦略や計画作りは自分とは関係ない世界だと割り切っているのか。我々日本人には、少なくとも僕には、こういう「トップダウン社会」はとてもついていけそうにない。