そして、 中国語学習の成果を試すチャンスはすぐにあらわれた。道に迷い、通りがかりの人に尋ねたところ、「あっちの方」だの「東に100mくらい」だの、説明にならない説明をされてさらに迷って疲れきっていた時に、やさしそうな若い女性がとても親切に道を教えてくれたのだ。これは心からお礼が言いたい。
さて、勉強したどんな中国語を使おうか。 いろいろな候補を思い浮かべ、最終的に
私の口からとっさに出てきた言葉は……「谢谢」だった。
さらに、進歩のない自分の中国語に愕然としている私に向かって、彼女はぶっきらぼうに、
「不用谢!(bú yòng xiè)」
と、言って去って行ったのだ。
中途半端な中国語学習が災いした。「不用(bú yòng)」という中国語が、私の頭の中ではっきりと「不用」という日本語に変換され、「不用谢!」を「谢谢(ありがとう)は不用!」と解釈してしまった。ありがとうはいらない!?感謝の言葉を拒否された!?
何でもかんでも「谢谢」の一言で済ませるからいけないのだ。ついには、「ありがとうはいらない」とまで言われてしまったではないか。自分の不甲斐なさに苛立ちながら、『不用谢』……お礼は不用か……と心の中でつぶやく。「礼は無用」、「礼には及ばぬ」、類似の日本語が頭の中に思い浮かび、そこでようやく、「どういたしまして」にたどり着いた。
日本語でいう「ありがとう」「どういたしまして」のやりとりが、「谢谢」「不用谢」だったのだ。それにしても、「どういたしまして」という意味ならば、彼女ももう少し愛想よく言ってくれてもいいものを。
だから、自分で使う時には、その言い方に気をつけて、日本語っぽく丁寧に「不用谢〜(どういたしまして)」と言ってみたりした。しかし、どうにも中国人の言い方と違ってしまいおかしい。 さらっとお礼への返事をするのだから、ここはやはり、パッとサッと言うのが合っている。いつの間にか、私もぶっきらぼうに早口で「不用谢!」と言うようになっていた。
「不用谢」は、現代日本語の丁寧でにこやかな「どういたしまして」より、「礼には及ばぬ」と吐き捨てて立ち去る武士風だなぁと密かに思うようになった。そう思うと、「不用谢」と言った彼女の愛想のなさも、今さらながらに理解できる気がするのだ。
Kiyomiy: [投稿者名]Kiyomiy [投稿者経歴] 1976年生まれ。静岡県出身。 コマ撮り (ストップモーション)映像撮影やデザイン制作、 オリジナルグッズの企画制作を行う『FrameCue』(http://framecue.net)主宰。 ブログ『ツクルビヨリ』(http://framecue. net/tsukurubiyori/)にて仕事からプライベート まで365日つくる毎日を記録中。