まいごのシャルル「12.青色の瓦屋根」

「太鼓で時間を知らせているんだよ」
ラオワンがシャルルの耳元でささやきました。

「時間?」
「そう、鐘はもう鳴らさないけど、太鼓は今でも時間に合わせて叩いているんだ」

ラオワンの声をかき消すほどの勇ましい太鼓の音は、素敵な鐘の音を時計替わりにしたかったシャルルの希望とは大きくかけ離れたものでしたが、それでも今でもこうして時間になると昔とかわらず太鼓が鳴らされると知ったシャルルの心にうれしさがじわりと広がっていきました。

それにしても、鐘の楼閣と太鼓の楼閣が二つも並んで、昔はそれぞれ時間を知らせていたなんて、どうやっていたのでしょう。鐘が鳴ったり、太鼓が鳴ったり、一緒に鳴らしたのかしら、時間を変えて鳴らしたのかしら。シャルルの頭の中に疑問がいっぱい湧いてきて、
「ねぇ、太鼓と鐘は…」
と、尋ねようと横を向いた時に、そこにラオワンの姿はありませんでした。

「あ!もぅまた!」

ラオワンはシャルルの側から離れて、部屋の隅にある扉から出ようとしているところでした。そして、振り返りながらニコニコと手招きすると、そのまま扉を開けて外に出ていってしまいました。

 

《着いてこいっていうくせに、すぐに先に行っちゃうんだから!》
今日は何度ラオワンの後を追いかけたでしょうか。ゆったりとしているように見えて大きな足でぐんぐん前に進むラオワンに比べて、一生懸命全力を出してもちっとも進んでいかないシャルルの小さな身体ではどんどん差が開いていってしまいます。

《もぅ!先に行かないでって言わなきゃ!こっちはそんなに早く歩けないんだから!》
文句を言ってやるんだと決めて、閉まりかけた扉を開けると、ラオワンを探そうと勢いよく外に飛び出しました。

「うぁ!」
ラオワンを見つけると同時に目の前に広がった景色に、言いたかった言葉はぜんぶどこかに吹き飛んでいきました。扉の向こう側は楼閣をぐるりとめぐる回廊になっていて、街の風景をすべて見渡すことができたのです。長い階段をのぼったシャルルたちは楼閣のずいぶんと高いところまできていたので、下にたくさん並んだ灰色の瓦屋根がずいぶん小さく見えました。前にまっすぐにのびる広い大通り。その先には小高い丘があり、丘の上に建物がたっているのがわかりました。あちこち見渡してみても鐘楼や広場が見当たらないので、シャルルたちが歩いていた場所とは反対側のようです。

ちょうど日が暮れかけてきたところで、街全体がやわらかなオレンジ色の光につつまれていきます。自分がこれから住んでいく町が想像していた以上に大きく広がっている風景を見て、シャルルの胸が高鳴りました。

 

町のすべてを見たくて、広がる景色を眺めながら回廊をシャルルはゆっくりと歩いていきました。一つ目の角を曲がった時に、後ろを歩いていたラオワンがシャルルの肩を軽くトントンと叩くと、遠く枯れ木が並んでいる場所を指差しました。

「青…だったんだけど…」
「青?」

ラオワンが指差す先には枯れ木に隠れて湖がありました。湖面は夕日に照らされて金色にきらきらと輝いています。

「青じゃないけど…いつもは青なんだけど…」
モゴモゴと困ったように繰り返すラオワンの姿を見て、
「あ!青!探していたんだった!」
シャルルは自分がまいごだったことを思い出しました。そして、ラオワンが湖の青を見せようとここに連れてきたことに気づいたのです。

「えっと…ラオワン…あの、湖の青じゃないの。私の探しているのは…」

そこまで言うと、はっとして、急いで回廊の反対側へまわりこみました。そこにはさっきまでいた広場や鐘楼、そしてシャルルがため息をついたあの細い道や売店も見えたのです。

《ここからなら!きっと見つけられる!》
鐘楼や重なり合った枯れ木に邪魔されてよく見えないことにイライラをつのらせながらも、必死に遠くまで目をこらしてみました。

わけもわからず慌ててついてきたラオワンでしたが、シャルルと一緒になってあちこちと顔を向けると、
「あ!青!もしかして!」と、叫びました。
「本当!?」
精一杯背伸びをして見ましたが、小さなシャルルからは見えません。ラオワンはシャルルを持ち上げると手すりに寄りかかるように乗せ、鐘楼の右側を見るように身体の向きをかえました。

「あった!青色の瓦屋根!」
今度はシャルルにも、灰色の屋根瓦が続くその遠く向こうに、鐘楼に隠れるようにひっそりと、青色の瓦屋根が見えたのです。

「これでおうちに帰ることができる!」
「あれ、きみのおうち?探していた青色のものって…」
「そう!青色の瓦屋根のおうち!」

探していた家が見つかって嬉しくて飛び跳ねていたシャルルでしたが、ふと、細い迷路のような路地裏を思い出すと、あの場所にちゃんと戻れるか不安がわきあがってきました。広場を抜けて、鐘楼の横の道を通り、売店に戻ってその道をそれからまっすぐ行って、左。そのまま、またまっすぐ。頭の中で帰り道をシュミレーションしてみました。

喜んでいたかと思うと急に不安げな表情になってあちこち手を動かすシャルルを見ていたラオワンが思わず吹き出しそうになって言いました。

「一緒に帰ろう」

シャルルが顔をあげてみると、ラオワンは思いがけないことを言い始めました。

「青色の瓦屋根のマンション、門を出ると向かい側に小さなおうち。灰色のレンガに赤色の扉。どこにでもある胡同のおうち。」
「え?」

「きみのおうちの前、私のおうち!」
そう言うと、青色の瓦屋根の方を見つめてにっこりと笑ったのです。

夕暮れの路地裏をシャルルとラオワンは一緒にゆっくりと家に向かって歩いていました。道の両脇に並ぶ枯れ木が緑になるのを町の人たちが心待ちにしていること、売店の向かい側にいつもナィナィおばあさんが座っていること、おばあさんに聞けばなんでも知っていること、ラオワンは町のことをたくさんシャルルに話しました。

そして、シャルルはこれから長い時間をかけて、もっと町のいろいろなことを知ることになるのです。それはシャルルが思っていた以上に新しい世界へとシャルルを導いていくのでした。

ながみみシャルルの物語 〜まいごのシャルル 完〜

新シリーズへつづく…


Kiyomiy

投稿者について

Kiyomiy: [投稿者名]Kiyomiy [投稿者経歴] 1976年生まれ。静岡県出身。 コマ撮り (ストップモーション)映像撮影やデザイン制作、 オリジナルグッズの企画制作を行う『FrameCue』(http://framecue.net)主宰。 ブログ『ツクルビヨリ』(http://framecue. net/tsukurubiyori/)にて仕事からプライベート まで365日つくる毎日を記録中。