まいごのシャルル「08.ラオワンの想い」



《時間も青も、ぜんぶある??》

ラオワンの言葉を心の中でくりかえすと、シャルルは見えない糸に引っ張られたかのように、一歩を踏み出し、少し離れながらラオワンのうしろを歩きはじめました。

どんどん鐘の楼閣が近づいてきます。「青がある」と言っていたラオワンですが、それが青色の瓦屋根のことではないのは明らかでした。楼閣に近づけば近づくほど、シャルルが帰りたい家からは遠ざかっていきました。

それでもシャルルはラオワンの後をついていきました。家に帰る心配よりは、今は、しっかりとした足取りでどこかを目指すラオワンと同じ場所を目指していたいと思ったのです。

遠くから見ていても大きく感じられた楼閣でしたが、側に行ってみるとそれは見上げるほど大きなものでした。



風が楼閣に吹きつけると、窓のように切り取られた隙間を風が通り抜け、ふぅっふぅっと静かな低い音が響きます。それはまるで、鐘で時刻を鳴らすことがなくなった楼閣のことを、役に立たない寂しい存在だと思ったシャルルを鼻で笑っているかのような音でした。楼閣の壁にあたった風は、積み重ねられたレンガの上を伝って這い降りてきて、シャルルの身体をザワザワと揺らしました。鼻の奥をツンと刺激するようなしめった匂いがして、思わず目をぎゅっとつぶりました。

《ずっと昔からここにあって、今でもこの町を見下ろしている…》

時代がいくつも変わっていくのをこの場所で見続けてきた楼閣は、時間を教える役目を終えても静かにどっしりと構えていました。この先も変わらず鐘の楼閣はこの町にある。そう思うと、シャルルの心の隙間にふわっとやわらかな暖かい空気が流れ込んだ気がしました。

《これを近くで見せようとしてくれたのかな》

ラオワンの想いを感じられた気がして、シャルルは楼閣を見上げながら、「ありがとう」と、つぶやきました。

でも、その声が風にかき消されてしまったように、何の反応も返ってはきませんでした。

「あれ!?」

シャルルが近くを見渡してみると、そこにラオワンの姿はありませんでした。



「え!?」

周囲をきょろきょろと探してみると、ずいぶん先に歩き進めたラオワンの姿がありました。

「あ!ねぇ!ちょっと!えっと…」

呼び止めようとして、シャルルはまだ名前も聞いていないことに気づいたのです。慌てて後を追いかけました。カバンと大きなしっぽがじゃまになってなかなか早く走れません。小さな身体で必死に走っていきました。

ようやく近づくことができたシャルルは
「あの…どこに…それから…なまえ…」
ぜぇぜぇと息を切らしながらたずねたのです。

「なまえ?」
前を向いたまま歩くスピードも変えずにラオワンが聞き返した時に、シャルルは名前を聞くなら、まず自分が最初に名乗るべきだったとはっとしました。

「わ…わたしは…シャ…シャルル」
息を整えながらそういうと、いつもの挨拶を付け加えることも忘れませんでした。

「もう立派なおとななんですの!」



突然、そう言われて、ラオワンは足をとめてシャルルの方を向くと、目をぱちくりと2度まばたきしました。

ながみみシャルルの物語 〜まいごのシャルル〜
つづく ▶︎朱色の楼閣




Kiyomiy

投稿者について

Kiyomiy: [投稿者名]Kiyomiy [投稿者経歴] 1976年生まれ。静岡県出身。 コマ撮り (ストップモーション)映像撮影やデザイン制作、 オリジナルグッズの企画制作を行う『FrameCue』(http://framecue.net)主宰。 ブログ『ツクルビヨリ』(http://framecue. net/tsukurubiyori/)にて仕事からプライベート まで365日つくる毎日を記録中。