その6  中国では女性が仕事を持つことはあたりまえ。姑が支えた仕事と子育て — 伊草好恵さんの場合 —

2016年9月1日 / カレは中国人

 医療アシスタントとして働く伊草好恵さんと、美容形成外科医として活躍するカレとが初めて出会ったのは1990年、大阪。共通の友人の紹介でふたりは知り合った。京都大学医学部の博士課程に留学中だったカレとの初めてのデートはカレの研究室、カレは自分で縫った実験用のマウスの手術の縫い目を見せて、
「きれいに縫えているでしょ」
 と、好恵さんに見せた。
「初めてのデートでねずみの縫い口を見せて女性が喜ぶと思うんだ……。真面目で勉強だけしてきたピュア=変な人なんだな」
 面白好きな大阪人の好恵さんのツボにはまり、好恵さんはカレに好感を持った。

 その後、好恵さんは、仕事で大きなトラブルに遭遇し、胃に穴があくほどつらい時期があった。その時カレは、何も聞かず好恵さんに付き添い、鍼灸や整体なども施しながら、好恵さんの精神、肉体的衰弱を治してくれた。この時好恵さんは感じた。
「この人になら、私の人生と生命を預けられる」
92年ふたりは大阪で結婚。日本で2人の男の子をもうける。

 98年、カレは美容形成外科を開業することになり、家族は北京に生活の場を移した。6歳と2歳の男の子とともに、カレの両親と同居を始めた。と、カレの母親は言った。
「中国では、女性が働くのはあたりまえ。子供は私がみるから大丈夫。明日からでもあなたは仕事に出なさい。家事は、ひと月500元(約6000円)も出せばあなたの代わりなんていくらでも見つかるから」
  日本で仕事をしていたこともあり、好恵さんも数ヶ月中国語を勉強して、生活に慣れてきたら仕事を探そうとは思っていた。しかし、すぐに仕事をしろといわれるとは思っていなかったし、仕事をしない専業主婦の自分の価値は、たった500元と言われたような気がして、ショックを受けた。カレに相談すると、カレはこう言った。
「仕事をするか、専業主婦になるか、僕はどちらでもいいよ。でも、自分の生き方を選ぶのは、君自身。そして、選んだら、その道を責任を持って全うしなさい」
「この国では女性も、人生を選ぶところから自分で自立し、責任を持って生きていかなくてはならないのだと、中国人の母とカレから教わりました」
 好恵さんは話す。

SARSでも職場に出続け、同僚の信頼を勝ち取る

 すぐ、好恵さんは日本語教師として働きだす。2年後、医療アシスタントの仕事に就いた。日本人が言葉の通じない中国で病気になったり、家族を亡くしたりした時のサポートをする仕事にやりがいを感じ、また、母親の全面協力もあり、この仕事を続け今年で10年になる。
「母は、子どもが病気になった時でも安心して私が働けるように、家事育児に完璧なサポートをしてくれました」
 
 中国では、仕事面において、まったくと言っていいほど男女の格差を感じないと話す好恵さん、今では、充実感を持って楽しく仕事をしている。けれども、中国で仕事を始めた当初は苦労が多かった。 
「最初の頃は、主に言葉の問題で大変苦労をしました。会議に出ても、内容が聞き取れない。上司は優しく、わからないところは、いつでも質問してくださいと言ってくれるのですが、わからないところを質問できるほども聞き取れていないのです。そしてよく、決定事項と違うことをしてしまうミスをしました」
「コニュニケーションがうまくとれないので、中国人同僚の信頼を得るのに時間がかかりました。けれども2003年にSARSが発症した時、多くの日本人が帰国しましたが、私は帰らず中国人スタッフと一緒に毎日出勤していました。それ以来、逃げない日本人、同じ苦労をした仲間として認めてもらい、信頼が生まれてきたように思います。信頼し合えるよい同僚に恵まれ、今、彼らは私の人生の宝です」

 彼と結婚してから、多くの中国人女性と同じように仕事を持ち続けてきた好恵さん。約20年間をこう振り返った。
「仕事を持ち、自立し続けるということは時に苦しいこともありました。本気で専業主婦に憧れた時期もあります。けれども、仕事をすることで、私は、中国に、社会に、そして、家族に育ててもらいました。今は、仕事を続けてきて本当によかったと思っています」
  2人の息子は19歳と15歳になった。バイリンガルである息子たちは将来どこの国で生きていくことになるのかわらない。仕事や生活で行き詰まった時、海外でたくましく働いて来た母親の姿を思い出してくれたらと、好恵さんは願う。(文中は仮名)


SadoTamako

投稿者について

SadoTamako: フォトグラファー 北京大学留学後、’99年より北京在住。中国関連の写真とエッセーを内外のメディアに発表している。 『NHK中国語会話テキスト』、『人民中国』の表紙写真、『読売新聞国際版』リレーエッセーを連載。 著書に『幸福(シンフー)?』(集英社)など多数。(ウエッブサイト