北京中心部にあるオープンカフェで待ち合わせた長瀬理沙さんは、つややかな肌とロングヘアーが美しい目鼻立ちのすっきりした女性だった。中国の雑誌のモデルとして登場したこともある。その横で、ひとりの青年がラジコンカーを操り子どものように遊び、周りにはラジコンカーの性能を見ようと人だかりができていた。その青年が急成長中の不動産会社を経営する実業家、理沙さんより1つ年上、28歳のカレだ。
理沙さんは高校卒業後北京に語学留学すると1年後に北京大学の医学部に合格し、眼科を専攻。今は修士課程を専攻しながら研修医として病院で診療にあたり、オペも受け持つ。HSK(漢語水平考試)最高級の11級も取得している才女だ。
ふたりの出会いは3年前、知人の紹介だった。理沙さんは特別な感情は持たなかったが、カレはひと目で理沙さんを気に入った。その日、理沙さんを自分が送ると頑と主張し理沙さんを送って帰った。
その後会う機会が増え、カレは自分の家族のことを理沙さんに話し始める。小さい頃、父親の浮気で親は離婚し、母親は自殺未遂をしていた。理沙さんの両親も離婚していて、理沙さんは恋人・結婚の条件として固く心に決めていることがあった。
「見た目が悪くてもお金があってもなくても、私にはどうでもいいんです。ただ、浮気をしない人、これだけが私が男性に求める条件でした」
カレの背景を知った理沙さんは、この人なら絶対浮気はしないだろうと気持ちが動いた。そして、カレの頼りがいのあるところ、例えば学校や病院で問題が起き理沙さんが落ち込んでいるとカレは「先生に直接電話して僕が話してあげる」と大胆な解決策を持ち出すのだ。そんなカレに理沙さんも魅かれていった。
知り合って2ヶ月も経たない頃、カレは理沙さんが1人暮らしをしていることが心配になり、カレの実家での同居を提案した。理沙さんも、もし将来カレと結婚することになるのならカレの家族とも暮らしてみたいと両親との同居に同意した。カレの母親はふたりのための寝室を用意し、両親は家族のように理沙さんに接した。
同居してみてカレの派手な暮らしぶりに理沙さんは驚いた。近く上場することも視野に入れているカレの会社は最近の不動産事情と相まって急成長を遂げている。カレの生活消費額は理沙さんが知るだけでも1ヶ月10万元(約120万円)は軽く超える。ブランドの服に、ラジコンなどの高級おもちゃを躊躇なく買い、食事はいつでも5つ星ホテルのレストランや高級日本食。理沙さんにはブランドのバックやダイヤのアクセサリーを頻繁に贈る。
「ケンカしたりすると、さらに高いプレセントを買ってきてお茶を濁そうとするのですが、何でもお金で解決しようとするところは受け入れがたいこともあります。8万元(約100万円)の翡翠のペンダントを買ってきた時には、さすがにお店に返しに行ってもらいました」
カレの友達も成功している実業家ばかりだ。収入の違う人とは一切つき合わないような今の中国の風潮に理沙さんは違和感を感じている。理沙さんは高収入の友人しか持たないカレをたしなめたことがあるが、カレは言った。
「僕たちが遊ぶ高級クラブや水上スキー、乗馬、ホテルのプール、お金がない友達は一緒に遊びに行けないじゃん」
お金がもたらす幸と不幸
昨年から理沙さんは研修医として病院で働きだし、通勤に便利な場所にカレと留学中の弟と3人でマンションを借りた。同時に、日本から母親も呼び一緒に暮らし始めた。仕事を始めたばかりの理沙さんの帰りは遅く、お母さんは中国語が話せないため、カレは家に帰っても話し相手がいない。だんだんとカレの帰りは遅くなった。
アパートに移って半年が過ぎた頃、知らない女性から理沙さんに電話がかかってきた。
「あんたいったい、彼の何なの!」
カレだけは浮気はしないと信じていただけに、理沙さんのショックは大きかった。
カレを突き詰めると、理沙さんとの関係などを相談するために、仕事で知り合った既婚で10歳以上年上のその女性と何度か一緒に食事をしていた。初めのうちは親身に相談にのっていた彼女だが、そのうちに理沙さんと別れるよう迫り始めた。困ったカレが彼女の夫に連絡を取ると、彼女には浮気癖があり初めてのことじゃないので本気にしないようにと言われる。カレが女性と連絡を取ることをやめた4日目、怒ったその女性が理沙さんの携帯電話に嫌がらせの電話をかけてきたのだ。
その女性は自分の夫より格段お金持ちのカレと浮気をしてゴージャスな恋愛気分を味わいたかったらしい。お金はある意味で人を幸せにするが、トラブルもまたお金によって引き起こされる。
「カレが私を選んだのは、拝金主義主流の中国社会で、お金や物より気持ちを大切にし、質素な生活を好むからなんじゃないかと思います。カレの以前のガールフレンドたちは最高のものが欲しいという人たちだったようですが、逆にいらないという私が新鮮だったんでしょう。ブランドのバックも1つくらいは持っていてもいいですが、いくつもあっても私には持っていくところがありません。私には、カレがいてもいなくても将来誰かと結婚するにしてもしないにしても、自分でしっかり生きていけるように今の仕事を頑張っていくことが大切なんです」(文中は仮名)
SadoTamako: フォトグラファー 北京大学留学後、’99年より北京在住。中国関連の写真とエッセーを内外のメディアに発表している。 『NHK中国語会話テキスト』、『人民中国』の表紙写真、『読売新聞国際版』リレーエッセーを連載。 著書に『幸福(シンフー)?』(集英社)など多数。(ウエッブサイト)