その日の午後も、ラオワンは確かにいつも通りの時刻に家を出ていました。
お昼ごはんをゆっくりと食べた後、熱いコーヒーを飲みながら、本をひと区切り読みました。柱時計の鐘が3回なるのを聞くと、マフラーを首に巻き、家の外に出て歩き始めたのです。家の前を右に曲がり、そのすぐ次の角は左へ。いつもと同じ道、いつもと同じ時間です。
両側にレンガの家が並んだ細い路地裏を抜けて小さな売店のある角を曲がると、ナィナィおばあさんがイスに座っている道に出るのですが、ラオワンはその路地裏に入りかけたところで立ち止まっていました。
道のすみっこに何か動物のようなものがズルズルとからだとしっぽを引きずるように動いているのが見えたのです。
《犬にしてはちいさいなぁ》
ラオワンはじっと目をこらして見つめました。ベージュの薄汚れたそのかたまりは、今まで見たどんな動物にも似ていませんでした。大きなふさふさのしっぽは立派な犬のようでしたが、それにしてはからだが小さすぎました。しかも、ヘビのようにからだをひきずって動いているのです。
それは路地裏からさらに細い道へ吸いこまれるように少しずつ入っていき、しっぽだけがちょこんと飛び出ていたのですが、最後にはそれも見えなくなってしまいました。
ふさふさのしっぽが小さな道に入っていくのを見ていたラオワンは急に心配になりました。
《あんな風にからだをひきずっているなんて、どこかケガをしていたのかもしれない!》
はやる気持ちをおさえながら、音をたてないように静かにあの生き物が消えた角にゆっくりとむかっていきました。急に近づいて驚かしてしまってはいけませんからね。気づかれないようにからだを隠しながら、そっと薄暗い通りをのぞきこみました。
その狭い道は両側が高い壁に囲まれて太陽の光がまったく届かず、昼間だというのに暗くてよく見えませんでしたが、道の途中に何かが立ちすくんでいるのがわかりました。
《あれ?あの動物はどこにいったのだろう?》
暗がりの中にいるのは先ほどのしっぽがふさふさした生き物ではなく、耳の長い小さな子どものようでした。そして、ラオワンがのぞいている気配に気づいたのか、その子どもはふりかえると急にラオワンの方に向かって走ってきたのです。
ラオワンはとっさに顔を引っ込めると、道沿いにある公衆トイレにあわてて駆け込み、大きなからだを隠してしまいました。逃げる必要などまったくなかったのですが、こっそりのぞいていたことがなんだか悪いことをしていたような気がしてしまったのです。隠れてみたものの、その子や先ほどの生き物のことが気になって、今度はトイレの入口から通りの様子をのぞいてみたのでした。
長い耳を揺らしながらその子は路地裏に飛び出して、あたりをキョロキョロ見回しました。
「どこなの!いったいぜんたい、どこなの!」と、その子が叫ぶのを聞いて、ラオワンは自分を探しているのだとはっとしました。
しかし、その子は道を見渡したあと、上の方をあちこち見て「このあたりにあったはずなのに!」と言い残すと、売店の方に向かって歩いていったのです。
その後ろ姿をみてラオワンは思わず「あ!」と声をあげました。その子はふさふさの大きなしっぽの持ち主でした。そしてしっぽと同じベージュ色の大きなカバンを引きずりながらあるいていたのです。まるでヘビが地面を這うようにしっぽとカバンをズルズルと地面にこすりつけながら。
《動物じゃなくて子どもだったのか!》
ケガをしている動物ではないと知って、ホッとしたラオワンでしたが、小さな子どもがこんなところで何をしてるのか気になって、そっと後をついていくことにしました。
売店の角までまでくると、その子はぴたりと止まりました。ラオワンもあわてて立ちどまります。大きな耳をゆらしながら顔だけを通りにちょこんと出すと、道の両側と空を見上げました。そして顔を戻すと大きな耳を垂らしながらしばらくうつむき、ラオワンが今まで聞いた中でも一番悲しそうな長いため息をついたのでした。
ながみみシャルルの物語 〜まいごのシャルル〜
つづく ▶︎04.シャルルの新しい日
Kiyomiy: [投稿者名]Kiyomiy [投稿者経歴] 1976年生まれ。静岡県出身。 コマ撮り (ストップモーション)映像撮影やデザイン制作、 オリジナルグッズの企画制作を行う『FrameCue』(http://framecue.net)主宰。 ブログ『ツクルビヨリ』(http://framecue. net/tsukurubiyori/)にて仕事からプライベート まで365日つくる毎日を記録中。