あっという間に暗闇の中にラオワンの姿が見えなくなりました。ここまで着いてきたシャルルでしたが、急に不安な気持ちがわきあがってきて身震いしました。
《わたし、いま、どこに行こうとしているんだろう》
絶望感におそわれてため息をついていたあの路地裏でさえ、目の間の真っ暗闇よりは、まだましな場所だったような気がしてきました。
《戻った方がいいのかも!》
この扉をくぐったら、さっきの通りにさえ戻れなくなりそうで、シャルルは下を向いて静かに一歩後ろに下がり、一気に振り返って走り出そうと足にぐっと力をいれました。
『滑るので注意!』
《滑る?》
いつの間にか足の力が抜けたシャルルは逃げ出そうとしていたことも忘れて、看板を覗き込むと、それから扉の内側の床を不思議そうに見つめました。雨も降った様子もない、カラカラに乾燥した空気、そこに乾いた風が吹きつけてきます。『滑るので注意!』なんて看板が目立つように置いてあるなんて、とても似合わない気がしました。
じっと下を見つめていると、次第に暗さに目が慣れてきて、床が石でできているのがわかりました。おそるおそる踏み出して、足で感触を確かめてみましたが、靴底がしっかりと石にあたりキュッと音がしました。
「なんだ、大丈夫だわ」
すっかり安心して、二歩目、三歩目と薄暗い中を進みながらシャルルは顔をあげました。
「えーっ!?」
叫んだ声がぐぁんと響き上の方へ吸い込まれていきました。
シャルルの目の前には、人がひとりやっと通れるほどの幅の狭い階段がはるか上まで続いていたのです。その途中にはもぞもぞと動くラオワンの姿がありました。
のぼる前からそれがどれだけ急であるかが、壁のようにせりたった階段から伝わってきます。さらに小さなシャルルにはなおさら高く感じられたのでした。
『滑るので注意!』
今度は、階段の手すりに書いてあるのが見えました。
《なるほどね。階段から滑り落ちる危険があるってことね。》
看板の意味をやっと理解して、疑問がひとつ晴れたところでしたが、さて、この後どうしたものか、恐怖心をあおる階段をのぼって前に進むべきか、それとも後ろに向かって逃げ出すべきか。シャルルは少し考えてみたのですが、どうしたらいいのかなんて、さっぱりわかりませんでした。
さらに、こんな急な階段の先に何があるのか、ラオワンがシャルルをどこに連れて行こうとしているのか、それも考えてみたところでちっともわかりませんでした。
「まったくもって、ほんとうに!わからないことだらけだわ!」
シャルルはふぅーっと身体の中にあった息を全部吐き出すと、目を閉じて、今度はゆっくりとその場の空気を吸い込みました。
「よし!」
大きな目をくりんと見開いて、手すりをぎゅっと掴むと、足を精一杯もちあげて目の前の階段を1段のぼりました。
1段、1段をしっかりとした足取りで、ラオワンの後を追います。さっきまであれほど寒かったのに、シャルルの額にはうっすらと汗がにじんでいました。
ながみみシャルルの物語 〜まいごのシャルル〜
つづく ▶︎11.階段の先に
Kiyomiy: [投稿者名]Kiyomiy [投稿者経歴] 1976年生まれ。静岡県出身。 コマ撮り (ストップモーション)映像撮影やデザイン制作、 オリジナルグッズの企画制作を行う『FrameCue』(http://framecue.net)主宰。 ブログ『ツクルビヨリ』(http://framecue. net/tsukurubiyori/)にて仕事からプライベート まで365日つくる毎日を記録中。