さらにのぼっていくと、今度は後ろに転がりおちてしまいそうな恐怖心がおそってきます。入り口から吹き込む風が、ぐぉぉっと不気味な低い音を響かせながらシャルルをすり抜けていきます。
じんわりとかいた汗で掴んでいた手がすべり、身体がぐらりとかたむきました。そのまま下までひきずり落とされそうになり、あわてて身体全体に力をいれて踏みとどまります。心臓がどくんどくんと脈打つ音まで暗闇に響いているようで、その場に立ちどまると、気持ちを落ち着けるようにゆっくりと深呼吸しました。
《もう半分ぐらいはのぼったかしら》
シャルルが後ろを振り返ろうとすると、
「後ろは見ないで!」
前からラオワンの声が聞こえて、あわてて上の方を見ました。
「前だけ、前だけみて。一歩ずつ。」
薄暗がりの中に、ぼんやりとラオワンの姿がみえました。その先の方にはうっすらと明るい光がこぼれているようです。夢中になって歩みを進めているうちに、ずいぶんと上までのぼってきているようでした。
さっきまで疲れていたはずなのに、今は一歩踏み出すたびに身体にじわじわと栄養がいきわたるような気がして、力強く階段をあがっていきました。
《あと少し!》
ラオワンに追いついたその時に、ドォーンと大きな音が急に響きわたり、驚いたシャルルはバランスを崩して倒れそうになって、手すりから離れた手で何かを掴もうともがきます。頭の中に長い階段の暗闇が浮かび、そこをゆっくりと落ちていく姿を想像して、目をぎゅっとつぶり首を縮めて顔を横にそむけました。
ほっとした顔をしたラオワンは
「時間だよ!早く!」と慌ただしく言うと、シャルルの手をつかんだまま残りの階段を一気に駆けあがっていきます。わけもわからず、小さな足を必死で動かして引っ張られるままに一緒についていくしかありませんでした。
ドォーンと2度目の音が鳴ったとき、ふたりは階段の一番上にたどりつきました。
《ついた…》
息をきらしながらふらふらと音がする方向を見たシャルルの目が大きく見開くのを、ラオワンは嬉しそうに見ていました。
楼閣の2階は大きな広間のような空間がひろがっていて、いくつもの朱塗りの柱が並び、窓から太陽の光が射しこんでいます。そこには立派な太鼓がずらりと並び、お揃いの赤いズボンと白の衣装を身につけた人たちが一斉に3度目の太鼓を鳴らしたのです。
Kiyomiy: [投稿者名]Kiyomiy [投稿者経歴] 1976年生まれ。静岡県出身。 コマ撮り (ストップモーション)映像撮影やデザイン制作、 オリジナルグッズの企画制作を行う『FrameCue』(http://framecue.net)主宰。 ブログ『ツクルビヨリ』(http://framecue. net/tsukurubiyori/)にて仕事からプライベート まで365日つくる毎日を記録中。