その19 野本正明さん : 日立の考えるスマートな次世代都市とは

2016年9月1日 / 私の出会った日本人

 中国日立の常務副総経理の野本正明さんは中国各地を訪れる度に日立製品の評判を耳にする。20年前の日立のテレビが今でも使える。買って本当に良かった、という内容だ。
 そんな評判を耳にして嬉しい反面複雑な心境になるという。“日立”ブランドの評判が良いことはとても嬉しいが、もはや日立はそのテレビを製造してはおらず(中国人の多くがそのことを知らないでいるだろうが)、現在の日立のデジタルメディアや家電製品全体を合わせた売上高総額9兆円の1割も占めていないからだ。
 野本さんは日立のスマートシティ概念について語り始めた。日立の持つ総合的な力を中国のマーケットで最大限に生かしていきたいという。

 日本の他社メーカーに比べると、日立の国際化の比率は43%と低い。
「しかしながら、わが社の中国での売上はヨーロッパとアメリカを超えており、海外売上高の第一位を占めています」
 野本さんは言った。
 1980年代から90年代にかけて日本企業の“グローバル化”はつまり“アメリカ化”だったと言える。企業は先を争うようにアメリカで投資し、かの地に基盤を築いてさえいれば他は大丈夫、といった考えだったろう。しかし日立の方向転換は他社よりも迅速だった。2010年の売上比率を見れば中国が13%、ヨーロッパとアメリカがそれぞれ8%と中国での成長が著しいことがよくわかる。その中国での成長があったからこそ、2008年のリーマンショックの際にも経営をいち早く立て直すことが可能だったのだ。
 野本さんが今中国で打ち出しているのは全く新しいコンセプトだ。
 「私たちが今掲げているのは社会イノベーション事業です」
 具体的には3つの内容を統合させたものだという。一つ目は都市開発で、エコシティの建設や水循環システム、建設機械やエレベータなどの事業が含まれている。二つ目はIT系統で、クラウドコンピューティング、コンサル、データセンター事業など。そして三つ目は電力系統で、資源エネルギーやスマートグリッド関連だ。
 「日立の総合的な力を最大限に活用することで、社会全体に関わる大きな新事業を展開することができると信じています」
野本さんははっきりした口調でそう言った。

 野本さんがスマートシティを語る度、それが都市建設にあらゆるもの全てが含まれるひとつの大きなコンセプトであることが感じ取れた。当初私は、日立が自社の力を集結させ、新しいコンセプトのもとマーケットを開拓するのだと思っていたが、繰り返し彼の言葉を耳にするうちに、そのコンセプトは決して日立独自で進めるのではなく、他の企業と力を合わせて共に実現するものだということが分かった。彼の視線の先にあるのは日立だけでなく、日系企業はもちろん中国企業や外国企業と協力している姿だ。
「日立は天津と大連、そして広州でスマートシティ建設に参画しています」
野本さんは続けた。
天津エコシティ計画で日立は、三井不動産やシンガポールの企業、そして多くの中国企業と協力しながらそのスマートシティ計画をリードしている。これまでにない国際的な協力体制のもと、スマートシティ開発の商業化モデルが出来上がりつつあるのだ。

 「我々は海外での成功経験を日本に持ち帰りたいと思っています。東日本大震災の復興計画の一部としてスマートシティのコンセプトが導入されるでしょう。その時日立はスマートシティ建設の専門家を日本に派遣し、中国での経験を最大限に生かすことで復興を推し進めたいと考えています」
 野本さんは大きなビジョンを兼ね備えたスマートシティというコンセプトの実現、そしてそのコンセプトが幅広く受け入れられることを強く確信している。


ChenYan

投稿者について

ChenYan: 会社経営者 1960年北京生まれ。 1978年に大学に進学して日本文学を専攻した。卒業後に日本語通訳などをして、1989年に日本へ留学し、ジャーナリズム、経済学などを専攻し、また大学で経済学などを教えた。 2003年に帰国し、2010年まで雑誌記者をした。 2010年から会社を経営している。 主な著書は、「中国鉄鋼業における技術導入」、「小泉内閣以来の日本政治経済改革」など多数。