最終回 人生の目標

2016年8月17日 / 留学のすゝめ

(写真)長く険しい人生を象徴するような万里の長城

「北京商学院」での1年間の留学生活はとても充実したものでした。中国語も飛躍的に伸びましたが、人間としても大きく成長した一年でした。私の人生の目標が見えてきたのもちょうどこの時期です。

中国人の学生はとても勤勉です。「北京商学院」時代に何度か中国人の授業に潜り込んだ事があるのですが、講義では少しでも前に座ろうと、早くから教室に行ったり、友人に頼んで席を確保してもらったりと「席取り合戦」が繰り広げられていました。授業終了後も、先生を取り囲んで質問攻めにしていました。また、書店では本の内容を全部暗記するかのように、立ち読みにふける人であふれていました。中国人の「智」に対するどん欲さを見て興奮を覚えたものです。それと同時に、学力の差を痛感、「教育」の重要さを改めて実感しました。

中国留学でみつけた「中国」と「教育」という2つのキーワードから、「中国で博士号を取得し大学教師になる」という大きな目標を見出したのです。

このような経験から、講義や講演会など、学生に直接語りかける機会があれば、遠くの木を目標に雪道を歩くシーンを例に挙げ、「遠くの木(10年の長期目標)をしっかり見据え、足元への気配り(中期・短期目標)をしながらゴールを目指すことが大切」と訴えています。

近く(足元)ばかり見て進んでも真っ直ぐ歩くことは不可能です。足元ばかり見て歩いた場合、後ろを振り返ってみると、その足跡は真っ直ぐではなく、ジグザグになっている。遠くの目標をしっかりと見据えそれに向かって歩くことにより、足跡は一直線にゴールに向かってその歴史を刻んでいくのです。しかし、遠くばかりを見ていたら、足元にあるくぼみや石などに足を取られ、かえって手間取るかもしれません。つまり、

遠くの目標を定め、足元に気を配りながら進んでいく、そして障害物が現れた際には軌道修正してゴールを目指す

ことが何と言っても最大の近道となるのです。

私は帰国後、一旦就職しました。入社時点ですでに「将来は北京へ再留学」という目標がありましたので、やることは決まっていました。中国語学習と貯金です。中国語を使える職場環境ではなかったので、独学で中国語の勉強を続けました。

「西村くんの車からは音楽じゃなくて、中国語が聞こえてくる」

当時の同僚の間では「中国語オタク」としてちょっとした有名人でした。また、その職場には約4年間勤めましたが、その間に約400万円の貯金を築きました。さらに、2002年に中国政府奨学金の試験に合格。これだけの貯金と奨学金があれば「いける」と判断し、会社を辞職。2002年9月再度北京へと降り立ったのです。

それから約8年後の2010年5月17日、一通のメールが届きました。

「対外経済貿易大学の教師として採用いたします」

人生の大きな目標が実現した瞬間でした。中国という異国の地でここまで何とか辿り着けたのも、明確な目標があったからだと感じています。

そしてその目標を見つける事ができた留学。まさに、私の人生の大きな転換点となったのです。

留学を終えた今も、新しい目標に向かって一歩ずつ歩き続けています。


Yusaku Nishimura

投稿者について

Yusaku Nishimura: 対外経済貿易大学副教授  2010年6月に中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士を取得し、同大学国際経済研究院で専任講師として採用される。  2013年1月より同大副教授。日中両国でのコラム執筆や講演活動も精力的におこなっている。  中国の外国人の大学教員の立場は、自国の言葉で教える非常勤講師か、海外の大学教員でありながら中国でも講義する客員教員が一般的。日本人を中国人枠での専任講師として採用するのは極めてまれで、人民日報やChina Dailyなどでも大きく紹介された。