第15回:日系企業で働くということ

2016年9月11日 / カイシャの中国人



(写真)今でも日系企業が入るビルは、看板を布で覆っている


 昨今の日中関係の悪化で、日系企業で働く中国人が微妙な立場に立たされていると聞く。
今は改めて「なぜ日系企業で働くのか」という意思確認をする時期なのかもしれない。中国の若者は意外と純粋だ。それなりに洗脳されているから、いまだに“日本は敵国だ”なんて思い込んでいる節もある。もちろん今はそんな時代じゃないのだが。

 中国人が日系企業で働きたいと思う理由も時代とともに変遷してきている。僕が上海にいた頃は、待遇面の魅力がそれなりにあった。当時でも欧米企業の待遇と比較してどうのこうのと言われたが、少なくとも中国の政府や普通の企業よりは給与も高く、福利厚生も充実していた。でも今ではすっかり変わって、待遇面は日系企業で働く理由にならない。

 今も不変なのは、自分は日本語を勉強した、あるいは両親や親せきが日本にいる、日本関係の仕事をしている等々の理由だ。中国で日本語ができる人はそんなに多くないから、日本語を武器にする人は日系企業という“ニッチ”なところで力を発揮しようとする。

 こんな理由もある。日系企業で働くある中国人が僕にこうもらしたことがある。彼女は“競争社会に疲れた”というのだ。「中国の社会や企業は、もう何でも競争。仕事の成果も自分でアピールしなければ出世できません。でも日本企業は組織で仕事をするので、争うより協力することが評価されます。日系企業で働いていると、私は本当にほっとします」

 日系企業で働くと、時に中国という国家の一員として大きな葛藤を感じることもある。僕は上海時代、ある企業から中国の歴史教科書についての調査を依頼されたことがある。調査の目的は、中国に駐在する日本人従業員に中国が教えている歴史観を勉強してもらうためだ。別に批判しようというのではない、少なくとも中国人はどういう教育を受けてきたかを知っておくことは、職場での人間関係の上からも重要だと依頼人は考えたのだ。

 この調査研究は、上海の学校で実際に使われている歴史教科書を集めて分析することから始めなければならない。教科書は書店に行けば購入できると言う。しかし調査研究が本格的に始まる前、社員2人が突然、僕の部屋に入ってきてこう言った。「老板、私たちを調査研究のメンバーから外してください」

 彼らは僕にこう理由を説明した。書店で小学校と中学校の歴史教科書を購入しようとしたところ、書店の店員から「君たちは何のために歴史教科書をこんなに購入するのか?」と聞かれた。「日本企業が中国の歴史教科書を研究するためです」。店員はいぶかしそうに彼らを見たという。彼らは身の危険というほどでもないが、中国人として何かいけないことをしているような感覚になった。「この研究テーマは敏感です。私たちも言われなき疑いをかけられたくありません。だからこの研究チームからは脱退させてください」

 結局この調査研究の仕事は、依頼者と相談して実施を見送った。第1回でも書いたように、中国における日本の存在はまだまだ特殊なものなのだ。日系企業で製品のマーケティングをしている中国人の友人は、仕事だから日本製品を一生懸命売り込むし、事実、日本製品は優れているところが多いこともわかる。でも同時にやっぱり中国製品ももっと頑張ってほしい、中国人だってこれぐらいのものは作れるはずだという思いも強くなると言う。これは自然なことだ。僕だって若い頃、日本で同じような思いをした記憶がある。

 仕事は生活のため、自分の魂は自分のもの。成熟した大人なら割り切って考えなければならない。最近はネットの発達で、微博(ウェイボー)など仕事や家庭以外のコミュニティを楽しめる場が広がったが、これは現代中国人にはとてもいいことだと思う。ウェイボーでは匿名で「日本人をやっつけろ」と発言しながら、会社では日本製品の良さを中国人に説明して売りまくる。この“二重人格性“は、電子ゲームを好む若者にはぴったりなのではなかろうか?だから日系企業で働くみなさん、どんどん日本製品をマーケティングしちゃって下さい!