ところで、中国人と話をしていてとても不思議に感じることがある。不動産は本来投資行為であり、リスクを冒して投資をしたものだけがリターンを得ることができるし、また当然損失を出すこともあり得る。ところが社員の間には往々にして、「○○不動産をあの時買わなかったから損をした!」なんて言う会話が飛び交う。つまり”儲け損ねた“ことを”損をした“と表現するのだ。まだ家に投資もせず何のリスクも取っていないのに、自分は損をしたと怒っているのを見ると、ただただあきれてしまう。
「不動産は、全部値上がりする」。…ああ、僕らもいつか来た道だ。そう言えば最近、確か上海だったと思うが、ある不動産が値下がりした時、すでに購入した人が不動産販売会社に押しかけて抗議をしたというニュースがあった。「こんな家を俺に勧めやがって!値段が下がって儲け損ねたじゃないか、責任を取れ!」。こういう人たちには、経済についての常識を教えてあげなければならない。
話を会社の中国人に戻そう。僕はこの不動産狂想曲は、普通の中国人の金銭に対するバランス感覚をも壊してしまったのではないかと思っている。30元もする野菜を見ると高すぎると手を出さない人が、30万元のマンションの頭金を安いと思ってしまう感覚。つまり野菜など日用品は物の価値を認識できるのに、不動産になるとその絶対価値がわからなくなってしまっている。300万元のマンションに住んで毎日10元の食事をとる。外食の時は高い酒や料理を注文するがそれは公費か会社持ち。これでは金銭バランスがおかしくなるのは当然だろう。
実はこのバランス感覚崩壊は日常の中国人のビジネス行動も歪めてしまっている。例えばある製品やサービスの値段の見積りを作成する場合を想定しよう。ビジネスの常識では、「コスト+適正利益=便益価値」と考えて適正な値段をはじき出す。もちろん市場価値や競合条件も考慮して値段は決められるが、それは適正利益を拡大縮小することで調整する。
しかし中国人はとかく相手の懐を見て値段を決めようとしてしまう。仮にお客様をうまく丸め込んで高めの値段で商売が成立したとしよう。ところが製品の生産段階になると、今度はコストを削減しようと安い材料を使い始める。せっかく高値で買ってくれる顧客に対して明らかに安物とわかる製品を提供してしまうのだ。自分の食費を切り詰めることと、ビジネスでのコスト削減を感じ感覚でやってしまう。
これを聞いて中国人は「何が悪いの?安い材料を使えばもっと利益が出るんじゃないの」と思うのだろう。今世界で大儲けしているアップル社は、確かに製造コストを安くしようとしているが、決して安物を作らせているわけではない。中国人は商品の値段を交渉するための数字に過ぎないだと思い込んでいるのではないか。僕はそうなってしまった原因が今の不動産市場にもあると思っている。今の不動産は単に売買して儲けるための道具になってしまっているから、実は「物としての価値」が評価されていない。中国人はよく僕に対しても言う。「なぜそんなに長く中国にいるのに、家を買わないの?」。日本人が中国の不動産を買わない理由は、日本人なら誰でもお分かりだろう。
最後にもうひとつ、中国人が家を買いたがる理由が他にもあるらしい。300万元するマンションを買うより、月1万元で同様の部屋を借りた方がどう考えても得なはずだ。日本のように賃貸物件の品質がよくないということを割り引いても、今の中国では住むためだけに家を購入するのはお金がかかり過ぎる。ある中国人の友人は言った。「自分のものにしたいのです。いわゆる所有欲というものですよ」。
これには歴史的な理由があるのだろう。でも現実に中国では不動産は自分のものにはならない。国家に長期間借りているだけだ。期限が切れたら政府はどういう対応をしてくるのか心配はないのだろうか。普段は政府の言うことをあまり信用しない中国人なのに、これはとても不思議だ。