第8回 長江商学院MBA Audrey(女性)32歳

(写真)第7回に登場したクラスメートのココと北京コンシェルジュ勤務の孫さんの結婚披露パーティー。クラスメートと北京コンシェルジュの皆さんで彼らの新たな門出を祝いました。

<プロフィール>
1979年生まれの一人っ子、北京出身。両親、祖父母ともに高等教育を受けた家庭に育ち、学生時代、勉強は常にトップ。一方、ヴィオラ奏者として北京で最も有名な楽団で演奏を6年間続けた。大学・大学院は北京航空航天大学で飛行機に応用される自動制御工学を専攻。卒業後は、ドイツ系ロジスティクス企業DHLでプロジェクトマネジャーを経験。MBAでマネジメントを学び、今度は中国企業(ベンチャー)で会社全体をマネージするのが目標。

教育熱心な家庭に育ち、勉強は常にトップ。学生時代一番夢中になったのはヴィオラ

Q. 子供の頃、両親はどんな人だった?

A. 父親は共産党員、エンジニアとして政府系通信社の新華社に勤務、母親は薬剤師として病院に勤務していた。祖父も新華社勤務で、日本で8年働いたことがある。祖母は学校の先生だった。両親、祖父母ともに高等教育を受けた家庭に育ったので、教育に関しては厳しかった。一方、母親からはバイオリンを習うように薦められ、8歳の頃に習い始めた。その後、北京で一番有名な楽団にヴィオラ奏者として参加し、度々大きな舞台で演奏できたのはとても楽しかった。

Q. 学生時代はどんな生活だった?

A. 親の影響もあり勉強はよくしたし、いつもクラスでトップだった。ヴィオラは、平日は自分で練習し、週末にオーケストラメンバー全員で練習した。とにかくオーケストラの先生は厳しいことで有名で、たくさん彼女に叱られ、わんわん泣いた思い出があるが、その分、厳しい環境の中でヴィオラを6年以上続けたことで忍耐強くなり、それが今の私の強い精神力につながっていると思う。それに、その先生があまりにも人に対して厳しい人だったので、私は人に対しては寛容にしようと決めたのを覚えている。仕事をしているときも顧客や同僚、部下に対しては寛容で、相手の気持ちを考えて行動できるようになった。
大学は、当時(1997年)人気があった自動制御工学(Automatic Control)を専攻するために、中国最高峰の航空宇宙分野の高等教育機関である北京航空航天大学に入学した。大学でもトップの成績で、大学院に進学するときは無試験で入れた。勉強以外に、大学時代は合唱団に入り指揮者をしたり、卓球クラブに入ったり、大学院時代は劇団に入団し、劇を演じたりして幅広く活動した。これらも小さいころからヴィオラの厳しい練習に耐え、厳しい先生の下で鍛えられたおかげだ。でも一番好きなのはヴィオラじゃなく、ダンス!大学で社交ダンスを習い、MBAに入学してからはベリーダンスを楽しんでいる。

ドイツ系ロジスティクス企業でプロジェクトマネジャーを経験するも、外資系企業に限界を感じ、MBAに入学。卒業後は、中国企業で自分の力を思いっきり試したい

Q. これまでのキャリアは?

A. 卒業後は、ドイツ系ロジスティクス企業のDHLで6年間働いた。当初はソフトウェアエンジニアとして働き始めたが、次第にプロジェクト全体を任せられるようになり、入社3年後にプロジェクトマネジャーに昇進した。とても優れた会社で大きく成長できたし、仕事内容も満足している。6年目には週1回中国全体の経営戦略会議に出席でき、上司も私のことを高く評価してくれていたが、上司は外国人が多く、戦略も他の国のものに従うことが多く、中国にある外資系企業の窮屈さを感じざるを得なかった。やりたいことができないし、自分のキャリアの天井が見えたという感じだろうか。もっと責任があり、仕事が任せてもらえるポジションに就きたいと思い、長江商学院MBAに入学し、マネジメントや戦略を学び、ステップアップしたいと考えている。

Q. 卒業後の進路は?

A. 卒業後は、私営の中国企業に勤めて(ベンチャーでもいい)、自分の力を思いっきり試したいと思っている。とにかく会社のゴールの設定から、戦略立案・実行、ファイナンスまで経営に関わることすべてに関わっていきたい。長江商学院EMBAの卒業生からはこのようなオファーはたくさん貰っているので、卒業までに自分に合う一番の企業を選びたいと考えている。



Akinori Ouchi

投稿者について

Akinori Ouchi: 現在、総合金融グループの香港拠点で中華圏事業投資に従事。 1980年11月生まれ。大学在学中に日本の公認会計士試験(旧第二次試験)に合格。 大学卒業後、米系投資銀行でIPO引受/M&Aアドバイザリー、ネット系ベンチャーで事業開発を担当。 30代は「海外で活躍する」という夢を実現しようと、29歳のときアジアの時代に中国のトップビジネススクールである長江商学院に私費MBA留学。優秀なクラスメートたちに刺激され、卒業後は中国に残ることを決意。 留学や仕事で4年過ごした北京を離れ、2014年7月から香港へ移住。