第三回『Musicman from Beijing』

2016年8月23日 / Let it Beijing



(写真)名古屋にて専門学校へ進学希望の学生対象の講義をしました


Facebookに書き込みをした後、まだ電話が繋がらなかった友人達から何本も電話が入ってきました。誰もが信じられないというような反応ではありましたが、強い意思を持って丁寧に説明することである程度は理解してくれました。


もちろん日本での仕事を続けながら活動の場を広げるという選択肢もあったと思います。しかし、海外を行き来して活動の場を広げながら作品をリスナーに届けるような生活よりも、真っ先に必要としてくれる地域で生活することを望んでいました。



もちろん誰の目にも順風満帆の若手作曲家が全てを捨てまで海外に出ていくということは阿呆なことであり、贅沢なことだとはわかっていました。



実際「日本での活動を停止する」などと言っても日本で完成させなくてはならない仕事がまだまだ沢山残っていました。そのためまずは目の前の作品を全力で世に送り出すことに集中して、時間が許す範囲で海外を視察しようと考えていました。



そんなことを考えていた矢先、運命の電話が鳴りました。唐突にかかってきた電話の主はレコーディングエンジニアのIさん、僕が日本を離れるという話を聞いて電話をくれたそうです。



「海外に行くって聞いたんだけど…?」「中国で音楽をやっている人と一緒に飲んでいるんだけど、来る?」散歩していた駒沢公園をいつもの半分の時間で走り抜け、急いでタクシーに乗り込んで向かったのを覚えています。



都心の洒落た居酒屋に40~50代の音楽業界の方々が7~8人集まっていました。皆さんは某レコード会社で働いていた先輩後輩というような関係で、何年ぶりかの集まりというような少しアウェイな環境でした。業界人というのはどちらかと言えば見た目も派手な傾向なこともあり、普段人見知りでない私も少し引っ込み思案になりがちです。しかし、既にある程度出来上がっている状態だったこともあり(?)遅れて来た若者を快く迎えてくれたので、すんなり入っていくことができました。
そこで「中国で活躍されているレコーディングエンジニア」と紹介されたKさんはとても気さくな雰囲気で話してくれました。



「日本でどんな作品をやっているの?」「なんでわざわざ海外に出たいと思ったの?」



いろいろお話をする中で少しだけ中国の音楽事情もうかがうことができましたが、この日まともにお話できたのは20~30分程でした。



結局その日の飲み会は朝まで続いていて私も半分くらい覚えていないのですが、「中国にまずは一回来てみるといいよ」と言ってくれたことは今でも覚えています。いただいた連絡先に早速「中国に行きたいのですが…」というような内容でメールのやり取りが始まりました。



Mine Kawahara

投稿者について

Mine Kawahara: 河原嶺旭(かわはら みねあき) 1988年10月18日生まれ。 神奈川県横浜市出身。 17歳から音楽を始め、20歳でテレビドラマ「メイド刑事」挿入歌で作曲家デビュー。2011年にAKB48に提供した『風は吹いている』が160万枚を越えるヒットとなり『アイドルと同世代の作曲家』として注目を集め、同年の年間作曲家売上第三位を獲得。アニメ・ゲーム関係の仕事も数多く手がけており、雑誌のコラムの執筆や教育関係など仕事の幅は多岐にわたる。2013年より、北京・上海を中心に活動している。