特派員のひとりごと第2回 「歴史」をめぐる戦い

2016年8月26日 / 特派員のひとりごと

(写真)吉林省の資料館を訪れる報道陣

 突然ですが皆さんは「9月18日」が何の日か知っているだろうか?
私も赴任前は知らなかったが、「9月18日」は、1931年に、満州事変のきっかけとなった、柳条湖事件が起きた日だ。「918」といえば、中国人にはピンとくるが、日本人になじみは薄い。また「7月7日」も、七夕だけではない。日中戦争のきっかけとなった盧溝橋事件が起きた日で、これも中国人なら知っている。

 というわけで今回は、中国人と日本人で認識が全く異なる「歴史」の話を述べたいと思う。

 中国外務省の報道官は、日本に対してほぼ毎日「歴史を正視せよ」と言い続けている。「9月18日」に何が起きたかを知らない日本人の態度は、彼らから見れば「侵略の過去を忘れ、歴史を正視しようとしない」態度となるのだろう。
この発言からもわかるように、中国は日中間の対立の舞台を、「島の問題」から、「歴史の問題」へと、大きく拡大しようとしている。特に安倍総理が靖国神社に参拝した去年12月以降は、「歴史戦」という言葉が、新聞紙面を飾ることも多くなった。
「歴史戦」とは、簡単に言うと、戦争の加害者であり敗者である日本と、被害者であり勝者である中国、という構図の下で、中国に有利な世論を作り上げようという戦いだ。過去を変えることはできないので、中国側に非常に有利な論理構成なのだが、その歴史戦の舞台は多岐にわたる。

 まずは「司法」の場での歴史戦だ。これまでは裁判所が受理してこなかった、日中戦争時の強制連行に対する損害賠償請求訴訟を、今年に入って初めて北京の法院が受理し、同様の訴訟が相次いでいる。中国でも、「司法の独立」が建前だが、政治的な判断が訴訟受理につながったことは想像がつく。

 次に、「メディア」を巻き込んだ歴史戦だ。中国外務省は今年に入って、外国人記者向けの歴史問題取材ツアーを、3回も開催している。1回目は遼寧省の捕虜施設などに、2回目は「南京大虐殺記念館」に、外国人記者を招き「歴史を正視」させた。さらに3回目は、吉林省長春市の「吉林省資料館」の取材機会を設け、私もその取材に参加した。

 長春市は旧満州国の首都だった街で、日本のお城のような旧関東軍司令部がそのまま残っている。関東軍は終戦時に自分たちの資料を焼却したり、土に埋めたりしたのだが、1950年代に、その資料が地中から発見された。そしてその資料の一部が今回、「日本の戦争犯罪の証拠」として、外国人記者に公開されたのだ。かなり以前に発見された資料が、60年以上も経ったいま公開されるというのも、「歴史戦」の一環とみれば納得がいく。

 さらに、「国際社会」を舞台にした歴史戦も展開されている。一例が、1月に完成した「安重根記念館」だ。伊藤博文を暗殺した安重根は、韓国の歴史ではヒーローだが、日本の歴史では犯罪者だ。第三国の中国は、今まで表立って安重根を評価してこなかったが、朴槿恵大統領の提案を習近平国家主席が受け入れ、「愛国の義士」として、急ピッチで記念館を完成させた。「歴史戦」における、韓国との連携が始まったといえる。また、デンマークの女王が「南京大虐殺記念館」を訪問したことも、国際社会を舞台とした歴史戦の一端だ。

 では、このように多岐にわたる「歴史戦」の中で、日本は何をすべきなのだろうか?私見だが、自らの立場を繰り返し愚直に説明し、国際社会の理解を得ることが、遠回りに見えて、一番確実な方法なのだろうと思う。

 その好例が、4月に日本大使館の堀之内秀久特命全権公使が出演した、香港フェニックステレビの討論番組だ。ほかの出演者がほぼ中国人という「完全アウェー」状態で、堀之内公使は日本の平和主義が戦後一貫していることや、軍国主義化する懸念は不要だといったことを、流ちょうな中国語でジョークも交えながら力説した。テレビ番組の出演は、悪意を持って編集される可能性があるため、リスキーな行為ともいえるが、今回の番組は編集も非常に中立的で、出演する意義は大きかったと思われる。

 最後に、「歴史戦」そのものをなくす方法を、提案したいと思う。
そもそも、歴史を正視することは難しい。正視というのは正しく見ることだが、正しいか間違っているかは非常に主観的だからだ。先に述べた関東軍の資料であっても、立場によっては解釈が180度変わってくる。そこで私は、吉林省の資料館で、担当者にこう質問してみた。

「これらの資料は中国側だけ研究したのですか?日本と共同で研究したのですか?」

 担当者の答えは、「中国側だけで研究したもので、今後も共同研究の予定はない」というものだった。毅然とした態度だったが、それは学術的な態度というよりは、政治的な態度のように見えた。
共同で歴史を研究し、日中で一つの結論を得ることができれば、歴史戦の火種は消える。しかし、歴史戦の舞台を最大限利用しようとする現在の中国においては、それはできない相談なのだろう。

 私は日本人は、過去の行為をもっときちんと知った上で、反省すべき点はしっかり反省すべきだと思っている。一方中国の人には、過去の行為だけを見るのではなく、これからの未来の可能性にも、目を向けてほしいと思う。
過去にこだわりすぎる中国と、過去にこだわらなさすぎる日本。お互いが「正視」する歴史の距離を、一歩ずつ縮めていった上で、歴史戦という不毛な戦いが一刻も早く終わることを、心から望んでいる。


Noriaki Tomisaka

投稿者について

Noriaki Tomisaka: 1976年8月27日福井県生まれ(辰年、乙女座、B型) 1994年 京都大学法学部入学 1999年 テレビ朝日入社 朝のワイドショー(「スーパーモーニング」)夕方ニュース(「スーパーJチャンネル」)などのAD・ディレクターを担当 2007年〜 経済部にて記者職を担当 農林水産省、東京証券取引所、財務省などを取材 2011年9月〜 北京・中国伝媒大学にて留学生活を開始(〜2012年夏まで)