特派員のひとりごと第11回 中国経済の“新常態”

2016年8月26日 / 特派員のひとりごと

(写真)建設が止まったままのマンション群

 2015年、中国経済は幸先の悪いスタートを切った。1月20日に発表された2014年のGDP=国内総生産の伸び率が、前年比7.4%と、24年ぶりの低水準に落ち込んだのだ。

 「この7.4%は困難と圧力を克服した結果の7.4%だ」

 国家統計局の局長は、いつもよりハイテンションで、7.4%という数字は、決して低くないと強調した。そして、ある単語を何度も繰り返したのである。

 「中国経済は“新常態”に入った。私たちは“新常態”に慣れ、“新常態”を正しく認識する必要がある」

 その単語とは“新常態(しんじょうたい)”という単語だ。日本語に訳すと「新しい普通の状態」とでもいえるだろうか。具体的には、中国はこれまで続けてきた高度成長段階を終え、中程度の成長段階に入った、という意味で、数字が多少低くてもガタガタ騒ぐなというニュアンスが含まれている。こういった新語を作り出す中国の官僚の能力はなかなかのもので、実際は大したことを言っていないのだが、わかったような気分になるから不思議である。

 ではその“新常態”の中国経済で、一体何が起きているのか?テレビ朝日は、河北省のある街を取材した。

 その街とは、秦の始皇帝の出身地としても有名な、河北省の邯鄲市(かんたんし)だ。街のあちこちには、建設の止まったマンションが、廃墟のように立ち並んでいる。ショールームのドアは固く閉ざされ、中にはごみが散乱する。見るも無残な状況だ。

 「工事が止まって、俺たちはほったらかしだ。食べるものも水もない。」

 工事現場の取材をしていると、すぐに工員たちに取り囲まれた。周辺の農村から出稼ぎに来た、農民工(のうみんこう)と呼ばれる人たちだ。工事が止まり賃金が出なくなったが、行くあてもないので、仕方なく工事の再開を待っているという。

 「3年で完成する予定だったが、もう6年だ。不動産会社が金を集めるだけ集めて、逃げてしまった。早く引っ越したいのに、引っ越せなくてつらいよ。」

 新築のマンションで、息子夫婦と同居する予定だった72歳の男性は、涙で声を詰まらせた。去年7月に、不動産会社の社長が夜逃げをしたため、そこからすべての工事が止まったのだという。

 ではなぜ、不動産会社の社長は夜逃げに追い込まれたのだろうか?その理由を探るうちに、地方都市が抱える構造的な問題が、浮かび上がってきた。

 「不動産会社は民間から金を集めて工事を始めた。全部売れればマンションを完成できただろうが、あまり売れなくて、資金が回らなくなった。それでゴーストタウンさ。」
 
 実は、社長が夜逃げした不動産会社は、民間に募って、高利で資金を調達していた。銀行を通さない、いわゆる「影の銀行」だ。月に3%~5%という高い利子につられて、多くの人がなけなしの金を不動産につぎ込んだ。また、金額が大きいほど金利が上がる仕組みなので、友達や親戚など、知り合いからも金を集め、焦げ付かしてしまった人も多く存在した。

 「みんなの金を集めて1000万元(2億円)以上投資した知り合いもいる。半数以上の市民が何らかの影響を受けていると思うよ」
不動産に詳しい人物は、影響の大きさをこう語った。市民から吸い上げた資金で、不動産会社は次々とマンションを建設したが、飛ぶように売れたのは、最初の一時期のみ。最終的には、需要をはるかに上回る供給が行われたため、資金繰りがとん挫してしまったのだ。地元メディアによると、無造作に建てられたマンションはいま、年間販売量の10倍の在庫を抱えているという。

 「会社も政府も何も答えない。負債がどれだけあるのか、誰も教えてくれない。」
社長が夜逃げをした不動産会社の周辺には、毎日債権者たちが集まり、抗議を行っている。また、政府に対策を求めて、デモ行進をするものもいる。しかし、解決のめどは立っていない。同様の状況は中国各地で起きており、今年に入ってからも、江西省や広東省で、大手不動産会社の倒産が相次いだ。
地方政府が借金を肩代わりして救済するのかどうかも焦点で、その場合は地方政府の借金が大きく膨らむ危険性が指摘されている。

 一方、中央のエコノミストたちは総じて強気だ。GDPの発表後、取材した清華大学の教授は、自信満々にこう話していた。

 「地方政府が問題に直面することは大歓迎だ。痛みがなければ改革は進まない。病気だって熱が出なければ直しようがない」

 “改革に伴う痛み”日本でも聞いたことがあるようなフレーズだ。そして彼は、こう続けた。

 「地方が困っても、中央には巨額の資金がある。銀行にも巨額の預金がある。全体でみれば全く問題ない」

 マクロ経済で見れば、彼の言うとおりコントロール可能な状況なのかもしれない。しかし邯鄲市で出会った人たちのように、ミクロで見れば、困っている人たちは確実に存在する。それらの人たちの不満が爆発するのが先か、中国経済のソフトランディングが先か。“新常態”のもとでの中国経済は、まだまだ難しいかじ取りを迫られているといえそうだ。


Noriaki Tomisaka

投稿者について

Noriaki Tomisaka: 1976年8月27日福井県生まれ(辰年、乙女座、B型) 1994年 京都大学法学部入学 1999年 テレビ朝日入社 朝のワイドショー(「スーパーモーニング」)夕方ニュース(「スーパーJチャンネル」)などのAD・ディレクターを担当 2007年〜 経済部にて記者職を担当 農林水産省、東京証券取引所、財務省などを取材 2011年9月〜 北京・中国伝媒大学にて留学生活を開始(〜2012年夏まで)