特派員のひとりごと 第25回 オレンジ色の救世主

2017年2月2日 / 特派員のひとりごと

(写真)北京市内で増殖中の共有レンタサイクル「モバイク」

 年が明け、あっという間に1か月が経った。思えば、中国に赴任してから4回目、留学時代も含めると、5回目の年越しである。住んだ人ならわかるだろうが、中国で年を越すと、少し得をした気分になる。それは、新暦と旧暦、2回の正月を祝うことができるからだ。

 新暦の正月=元日は、クリスマスから一気に連続するイメージだ。旧暦がメインの中国だが、グローバル化の影響か、最近は新暦の正月を祝うムードも強まっている。習近平国家主席も、新暦の年越しに合わせて、談話を発表する。

 それから1~2か月で、次は旧暦の正月だ。こちらは「春節」といって、爆竹を鳴らして盛大にお祝いをする。政府や会社も一週間以上お休みとなり、13億人の人が、帰省や旅行で大移動する。駅や空港は人であふれかえるが、北京のビジネス街は嘘のように静かになる。

 そして新暦の正月から旧暦の正月までの間は、お祭りムードが続く。「新暦の新年会」だ、「旧暦の忘年会」だと、飲み会の頻度も多い。それはそれで大変結構なのだが、ここ数年は困ったことが起きていた。それは、行き帰りの「足」である。

 北京市内では、年々タクシーをつかまえることが難しくなっているのだ。北京のタクシーの初乗り料金は13元(約200円)と安く、利用者は以前から多かった。加えて、配車アプリの普及で、すでに予約されている車両も多く、空車でも乗車拒否されることが多い。そんな時は本当に心がへこむ。氷点下の寒空の下、タクシーを求めてさまよい歩き、酔いがさめてしまうこともしょっちゅうだ。しかし去年から、オレンジ色の「救世主」が登場した。それが、鮮やかなオレンジ色のタイヤやフレームが特徴の「モバイク」と呼ばれる、「共有」レンタサイクルだ。

 この「モバイク」、レンタル料金は30分で0.5元~1元(8円~16円)という破格の安さ。位置情報システムが内蔵されているため、スマートフォンで簡単に探すことが出来る。貸し借りの方法も非常に簡単で、事前登録さえしておけば、自転車についているQRコードをスキャンするだけで、カギがあき、乗ることが出来る。返す時も特定の場所に戻す必要はなく、カギを閉めるだけで、自動的に料金が引き落とされる。何より「乗り捨て」できる気軽さがあるため、飲み会などの際に、非常に重宝させてもらっている。

 以前自動運転の車を取り上げた際(「特派員のひとりごと」第20回参照)に、一気に物事を立ち上げる「中国的速度」について書いた。この「モバイク」に関しても、同様のものを感じる。自由に乗り降りできるのは非常に便利だが、盗まれるリスクはないのか?カゴやタイヤなどの部品だけ持っていかれないか?そもそも法整備前に、勝手にサービスを立ち上げてよいものなのか?…

 私なら、サービスを思い付いても、様々なデメリットを考えてしまい、それらの問題点がすべて解決されない限り、事業化に二の足を踏むだろう。しかし「モバイク」の動きは早かった。去年上海から始まったサービスは、すでに15都市に広がっている。台数も、かなりのペースで投入が行われている。まずは「やってみる」。そして問題点が見つかったら、その都度対応していく。中国人の適応能力の強さと速さが、「モバイク」にも表れているようだ。

 盗難や違法利用などの問題はもちろんある。モバイクは、それらを非常にユニークな方法で解決しようとしている。ユーザーたちに、違法利用を通報させるのだ。通報したユーザーは「信用度」が上がり、通報されたユーザーは「信用度」が下がる。休みの日に多くの違法車両を発見し、ほかの人が使いやすい状態に戻す「モバイクハンター」と呼ばれる熱狂的ファンもいる。ユーザーは自らの信用度を上げるという「利己主義」的な行動をとりながら、実はサービス自体の質を向上させるという「利他主義」的な効果が生まれている。

 モバイクの事業に興味を持った私は、北京の事務所を訪ねてみた。ITベンチャーが集まる地域にあるオフィスには、20代から30代の若者たちが、思い思いの服装で働いていた。英語が非常に堪能な、若い女性の広報は、今後の目標について、非常に明確に答えてくれた。

 「どうやったら車への依存を減らして、空気をきれいにできるかを考えています。良い製品と良いサービスを提供しつづけ、社会に良い影響を与えたいです。」

 「モバイク」は「インターネットを利用した成長」という国策にも乗り、急成長している。しかし、台数が増えれば増えるほど、コストがかさむことは自明の理だ。さらに、市の中心部などでは、モバイクが停止できないエリアも徐々に増え始めている。金融やIT業界では、今のモバイクのビジネスモデルで、持続的に発展していけるかどうか、半信半疑の人も多い。

 1年後も「モバイク」は飲み会帰りの救世主であり続けるのか?そして、社会を変えるという壮大な実験は成功するのだろうか?これからも見守っていきたい。


Noriaki Tomisaka

投稿者について

Noriaki Tomisaka: 1976年8月27日福井県生まれ(辰年、乙女座、B型) 1994年 京都大学法学部入学 1999年 テレビ朝日入社 朝のワイドショー(「スーパーモーニング」)夕方ニュース(「スーパーJチャンネル」)などのAD・ディレクターを担当 2007年〜 経済部にて記者職を担当 農林水産省、東京証券取引所、財務省などを取材 2011年9月〜 北京・中国伝媒大学にて留学生活を開始(〜2012年夏まで)