特派員のひとりごと 第24回 ネットとリアルをつなぐ人々

2016年12月6日 / 特派員のひとりごと

(写真)荷物の引き取りを待つ羅さん

 11月12日早朝、北京市内の宅配便の配送基地に、大型トラックが横付けされた。荷台には、形も大きさもばらばらな荷物の山。2人のおばさんがその荷物を次々とベルトコンベヤーに載せ、大量の男性配達員が人海戦術で、さらに細かい行き先ごとに仕分けする。

 中国流の仕分けは少し乱暴だ。割れ物でなければ、投げてやりとりすることも日常茶飯事。配達所内では、荷物が容赦なく宙を飛び交っている。たまにキャッチミスをすることもあるが、それもご愛嬌。途中で、箱や袋が壊れることもよくあるのだろう。各配達員の持ち場には、テープが備え付けられており、みな慣れた手つきで補修を行っていた。

 仕分けが終わると、配達員は担当する荷物を電動バイクの荷台に詰め込む。荷物が普段より多いのだろう。収まりきらない分を荷台の上に乗せ、ひもで固定する者も多い。朝ごはん代わりの菓子を食べながら作業していた配達員は、勘弁してよといった口調で、こうつぶやいた。

「去年の3割増しかな。すごい量を配ることになるね。」

 悲鳴を上げるほど荷物が多いのには、理由がある。実は、11月11日は、中国で「ネットショッピング」が最高に盛り上がる日で、その翌日以降、商品が続々と家庭に届けられるからだ。そもそも7年前、「独身の日」と呼ばれていた11月11日に、アリババなどのインターネットショップがセールを始めたのがきっかけで、規模は毎年拡大してきた。人気商品はすぐ売り切れてしまうため、日付が変わる深夜0時に「購入」ボタンを押そうと、夜更かしをする若者も後を絶たない。今年は一日で、1207万元(約1兆8000億円)を売り上げた大イベントとなっている。

 ではそんな大イベントを支える配達員は、どのような人なのか。私たちは、羅さんという26歳の男性を取材した。羅さんは貴州省出身の少数民族で、最初は中国南部の広東省の工場で、出稼ぎ工員として働いていた。しかし工場の景気が悪くなり、4年前に、北京に来たのだという。

「同郷の友達に紹介されて配達員を始めたんだ。朝から夜まで働いて、毎日充実しているよ」

 配達にも同行したが、住所表示が発達していない中国では、路地裏のマンションを見つけるのも一苦労だ。たどり着いた配達先にいない受取人も多く、その場合は再配達となる。また、オフィスあての荷物は、セキュリティの都合上、直接届けることはできず、ビル前の路上に臨時の「受け取り所」を開き、取りに来てもらう。「受け取り所」といっても、ただ荷物を地面にじかに置いたもので、見た目はカオス状態なのだが、そこは渡す方も、受け取る方も手慣れたもの。阿吽の呼吸で荷物がさばけていく。炊飯器やらドライヤーやら、明らかに「私用」の荷物を会社あてに届けるOLが多いのも、中国スタイルと言えるだろう。

 工場の仕事より、配達の仕事のほうが、自由でやりがいがあるという羅さん。ただし、月給は6000元(約9万円)と、家族3人が北京で暮らすには十分ではない。羅さんは普段は1日に3000件の荷物を運ぶが、「独身の日」の直後は、倍の6000件以上に荷物が増えるのだという。

「もちろん、ボーナスは期待しているよ」

 休む間なく午前中の配達を終えた羅さんは、近くの小さな食堂で、毎日お昼を食べる。同じ貴州のおかみさんが開いた食堂で、無料で食事をふるまってくれるからだ。この日のメニューは、豚肉と大根をじっくり煮込んだスープで、貴州特有の辛い味付けが施されていた。

「ふるさとの味を食べると元気が出るね。将来はレストランを開くのが夢なんだ。」

 私たちにも食事を勧めながら、羅さんは夢を語ってくれた。

 配達員が活躍する分野は、商品の配送だけではない。昼時のビジネス街には、おそろいのユニフォームの配達員が大量に現れる。彼らは、「出前サイト」の配達員だ。日本では蕎麦屋に出前を頼む場合、持ってくるのは蕎麦屋の従業員だが、中国では「出前サイト」の配達員が、蕎麦屋に行って買ってきてくれる。ついでに別の店でコーヒーを買ってきてもらうこともできる。それでも、送料はほとんどかからない。羅さんのように、地方出身で、低賃金の労働者が、たくさんいるからだ。昔なら「農民工」として働いていた彼らこそが、ネットとリアルをつなぐ、縁の下の力持ちといえるだろう。

 ネット上でソフトウェアを走らせるだけでは、モノは何も動かない。リアルの世界でモノを動かし、ネットを「便利で役立つ」ものにする仕組みが、何より大切だ。仕組みが出来て初めて、「安くて便利だから使う」→「配達員が必要になる」→「雇用が生まれる」という好循環が生まれる。もちろん、仕組みを作るのは政府ではなく、民間の人々だ。安い労働力を生かして仕組みを作る側も、その仕組みに積極的にコミットする労働者の側も、欲望に非常に忠実で、かつ非常にしたたかだ。政府ではなく、この民間のしたたかさこそが、中国最大の強みなのかもしれない。


Noriaki Tomisaka

投稿者について

Noriaki Tomisaka: 1976年8月27日福井県生まれ(辰年、乙女座、B型) 1994年 京都大学法学部入学 1999年 テレビ朝日入社 朝のワイドショー(「スーパーモーニング」)夕方ニュース(「スーパーJチャンネル」)などのAD・ディレクターを担当 2007年〜 経済部にて記者職を担当 農林水産省、東京証券取引所、財務省などを取材 2011年9月〜 北京・中国伝媒大学にて留学生活を開始(〜2012年夏まで)