特派員のひとりごと第16回 俳優と皇帝 ー「1つの中国」、2人のリーダー ー

2016年8月26日 / 特派員のひとりごと

(写真)中台トップの握手を取材しようと集まった報道陣

 11月7日、シンガポールの小高い丘の上にあるシャングリラホテルは、世界各国から集まってきた報道陣でごった返していた。この日、「中華人民共和国」の習近平国家主席と、「中華民国」の馬英九総統が、1949年の国家分断以降、初めての会談を行うからだ。

 2人の会談は午後3時からの予定だったが、午後12時にはすでに安全検査に長蛇の列ができていた。歴史的な会談をより良いポジションで収めるための、し烈な争いの幕開けだ。我々もギリギリで2人をカメラに収められる位置を確保したが、そのあとからも続々と報道陣が詰めかけてくる。
広い部屋はすぐに報道陣でいっぱいになったが、そこで小さなハプニングが起きた。

 「後ろに下がれ」「後ろに下がれ」

 後列の報道陣から、前列に居座っているテレビカメラに対して、抗議の声が上がったのだ。最前列にいたのは、中国中央テレビ(CCTV)の中継カメラ。そして、抗議の声を上げているのは、主に台湾から来たメディアのようだった。

 実は中国国内(大陸側)では報道陣に「序列」が定められている。新華社や人民日報、CCTVなどの政府や党のメディア(官製メディアと呼ばれることも多い)は、並ばなくてもカメラポジションなどで優遇されるほか、会見などの内容も事前に教えてもらえることが多い。彼らの仕事は「報道」であると同時に「宣伝」でもあるからだ。それに引き替え、我々外国メディアは肩身が狭い。北京ではたらく記者はいつしかそういった「序列」に慣れてしまうのだが、自由な台湾から来た報道陣は、そうは考えなかったようだ。

 「後ろに下がれ」「後ろに下がれ」

 怒声はどんどん大きくなる。しかし、CCTVのカメラマンも折れる様子はない。何しろ天下のCCTVなのだ。見かねた報道担当者が出てきて、前列のカメラマンの三脚を少し低くすることで、ようやく折り合いがついたが、大陸と台湾の違いを実感したような瞬間だった。

 カメラマンたちの争いがおさまるとすぐ、共産党を象徴する真っ赤なネクタイを締めた習近平国家主席と、国民党のシンボルカラーである青のネクタイを締めた馬英九総統が、姿を現した。会場に緊張が走る。カメラのフラッシュが一斉にたかれる中、2人の「リーダー」は、1分近くお互いの手を握りしめ、報道陣に手を振る余裕も見せた。馬主席はカメラ移りを気にしたのか、握手をしながらスーツのボタンをはずしていたのが印象的だった。その後2人はお互いに並んで、隣の会見室へと移っていったが、その場面を見る限り、2人の立場は対等に見えた。

 この「対等」という言葉が、今回の会談のキーワードだったように思う。2人のリーダーはお互いを「さん」づけで呼び合い、肩書を付けなかった。また、その後に行われた夕食会の費用も、「割り勘」だったという。会談で両者は「1つの中国」の理念を再確認し、お互いに交流を深めていくことで合意した。

 ただし、報道陣との接し方に関しては、両者は全く違っていた。
会談後に馬総統は会見を開き、ユーモア交じりに記者たちと、丁々発止のやり取りを繰り返した。一方、習主席は報道陣の前に姿を見せることはなく、どこかの秘密の通路から、こっそりとホテルを後にした。「開放的」な台湾の指導者が、俳優のような印象だったのに対して、「近寄りがたい」大陸の指導者には、まさに皇帝のような印象を受けた。13億の民を引っ張っていくためには、やはり威厳も大切なのだろうか?

 今回、取材に来た台湾の記者たちとも多く意見交換したが、彼らも複雑な思いを持っていた。交流が深まる中で、経済的には大陸無しでは成り立たなくなってはいるが、やはり13億の中国大陸の人民に「飲み込まれてしまう」恐怖というのが、潜在的にあるようだ。1949年の分断で、大陸から逃げてきた国民党の人たちは「外省人」と呼ばれ、昔から台湾にいた「本省人」と区別されてきた。ただし今では、両者の中に「台湾人」という意識も、育ってきているという。習主席は香港のような「一国二制度」での台湾統一を目指しているが、香港でも「大陸化」に懸念の声が強いことは、去年学生たちが主導した「雨傘革命」が、如実に示している。

 私も台湾に旅行をしたことがあるが、コンビニの接客態度一つをとっても、非常に「日本的だ」と感じたのを覚えている。どちらかというとサービスが雑な大陸の人と比べて、非常にキメが細かいのだ。また、日本の植民地支配を経験していたにも関わらず、親日的な人も多い。そして何より、台湾の人たちは、自由に自分たちの意見を表明し、選挙によってリーダーを決める権利を持っている。民主化が進んでいない中国大陸の制度を押し付けられることに、抵抗が強い人がいることは、容易に想像ができる。

 今後大陸と台湾が、どのような関係を進めていくにしても、今回の会談は非常に大きな意味を持つだろう。まずは来年1月の台湾総統選挙に、今回の会談がどう影響するか、台湾の人たちの民意に注目したいと思う。


Noriaki Tomisaka

投稿者について

Noriaki Tomisaka: 1976年8月27日福井県生まれ(辰年、乙女座、B型) 1994年 京都大学法学部入学 1999年 テレビ朝日入社 朝のワイドショー(「スーパーモーニング」)夕方ニュース(「スーパーJチャンネル」)などのAD・ディレクターを担当 2007年〜 経済部にて記者職を担当 農林水産省、東京証券取引所、財務省などを取材 2011年9月〜 北京・中国伝媒大学にて留学生活を開始(〜2012年夏まで)