特派員のひとりごと 第23回 人民解放軍の光と影

2016年11月6日 / 特派員のひとりごと

(写真)八一大楼の周りに集まる退役軍人

 青空のかなたから、耳をつんざく轟音を立て、2台の黒い戦闘機が現れた。次の瞬間、2台は左右に分かれ、猛スピードで大きく旋回する。一旦視界から消えた機体が、すぐに再び頭上に現れ、今後は機首を真上に向ける。そこからは一直線、垂直に急上昇だ。白い軌跡を真っ青な空に残しながら、ぐんぐん、ぐんぐん上昇を続け、はるか上空で視界から消えた。その間、わずか2分ほど。これでもかと機動力を見せつけた最新鋭戦闘機は、余韻だけを残し、再び現れることはなかった。

 これは11月1日に、広東省珠海市で開幕した、航空ショーの一コマだ。頭上を通り過ぎていった機体は、中国が国産で開発を進める最新鋭ステルス戦闘機「殲20(せん・にじゅう)」で、この日が、公の場での初登場となる。地上では、秘密のベールの向こうから姿を現した最新兵器に、多くの航空ファンが熱狂的な視線を浴びせ、人民解放軍の制服組トップ、範長龍氏が満足そうにその姿を眺めていた。

 ショーではほかにも、中国が配備を進める無人機「翼竜」や、最新の大型輸送機「運20(うん・にじゅう)」などが披露された。空軍のスポークスマンは「中国空軍の力量を見せつけ、強い軍としての自信を伝えるものだ」と豪語した。まさに、人民解放軍にとっての晴れ舞台といっていいだろう。

 しかし、光あるところには、常に影がある。航空ショーから先立つこと3週間。10月11日の深夜、軍の創立記念日の名前を冠した「八一大楼」の前には、多くの迷彩服を着た男女が集まっていた。そして、彼らを周辺から隔離するように、「八一大楼」前の道路数百メートルを、大量の警察官と警察車両が取り囲んだ。北京市の中心部にそびえる巨大な「八一大楼」は、人民解放軍の幹部が外国から来た要人らと会見を行う、軍の迎賓館ともいえる建物だ。もちろん、軍事禁区として、一般人の立ち入りは禁止されている。その場所にこれだけの人が集まり、これだけの警察官が動員されるというのは、尋常な事態ではない。赤と青のパトカーの警告灯が、普段は物静かな深夜の大通りを、せわしなく照らしていた。

 「退役した軍人が、待遇改善を求めて、デモをしているようだ」

 周辺の人に聞くと、迷彩服の男女は昼ごろから集まり始めたという。さらに驚いたことに、彼らは全国各地から、時を同じくして、一斉に集まって来たらしいのだ。時計の針は深夜12時を回っていたが、退役軍人たちの動きは秩序立っており、大声を上げたり、警察らともめたりする様子はなかった。彼らはどこから来て、何を求めているのか?少し離れた場所で迷彩服の男女何人かに話しかけてみたが、口止めされているのか、皆こちらを一瞥するだけで、答えてくれる人はいなかった。通常、自分たちの主張を押し通すために集まってくるデモ隊は、マスコミの前で自分たちの主張を声高に叫ぶものだが、彼らにはそんな素振りは全くなかった。プラカードや横断幕などもなく、ただ黙って集まっているだけ。その自制心の強さが、軍人らしいと言えばそうなのだが、どこか奇妙な感じはぬぐえなかった。

 そして翌朝、再び「八一大楼」の前に来て、目を疑った。夜の出来事が嘘のように、迷彩服の男女がすっかり姿を消していたのだ。中国メディアはデモについて、一切報道していないので、何も知らない人は、ここで何が起こっていたか、想像もつかないだろう。情報を総合すると、彼らの出身地の省の幹部らがそれぞれ北京入りし、待遇改善を約束するという条件で、必死で説得したようだ。その後国防省は取材に対し、退役軍人の一部が生活に困窮し、デモを行ったことを認めた。その上で、「軍改革を進めることで、彼らの生活問題を改善できると信じる」とコメントした。いつもは木で鼻をくくったようなコメントしかしない国防省が、デモを素直に認めたのも、意外なことだった。それだけ、今回の動きに対する、危機感が強いのだろう。

 人民解放軍は中国という国の軍隊である前に、中国共産党という党の軍隊だ。日中戦争と国共内戦を勝ち抜き、武力で政権を樹立した中国共産党にとって、人民解放軍こそが、己の権力の源泉といえる。しかし、権力を持った軍は各種の利権と結びつき、ビジネスに手を染め、本来の姿を見失っていった。そこに危機感を持ち、メスを入れたのが、習近平主席だ。7つあった軍区を5つの戦区に再編したほか、連合参謀部などを新設し、陸軍中心の仕組みを改めた。30万人の兵力削減も宣言した。習主席は軍改革で「戦う軍隊を作る」としたが、逆に言うと、これまでの軍には「戦う」ことより「金儲け」ばかりを考える軍人が、少なからずいたということだろう。

 巨額の費用を投じ、最新鋭の兵器を開発する一方で、多くの退役軍人が生活に困窮しているという歪み。軍改革がその歪みを解決できるのか、さらなる歪みを生んでしまうのか。今後の中国を占う上での、大きなファクターといえるだろう。


Noriaki Tomisaka

投稿者について

Noriaki Tomisaka: 1976年8月27日福井県生まれ(辰年、乙女座、B型) 1994年 京都大学法学部入学 1999年 テレビ朝日入社 朝のワイドショー(「スーパーモーニング」)夕方ニュース(「スーパーJチャンネル」)などのAD・ディレクターを担当 2007年〜 経済部にて記者職を担当 農林水産省、東京証券取引所、財務省などを取材 2011年9月〜 北京・中国伝媒大学にて留学生活を開始(〜2012年夏まで)