特派員のひとりごと第5回 北と南が交わる場所で

2016年8月26日 / 特派員のひとりごと

(写真)北京首都空港第2ターミナルの案内板

北京支局の守備範囲はどこですか?とたまに聞かれることがある。テレビ朝日系列の場合は、上海にも支局があるので、おおざっぱに言うと中国大陸の北半分が守備範囲だ。

しかし、取材対象は中国1か国だけではない。もう1つの大きな取材対象は、21世紀で最も神秘的な国家・北朝鮮=朝鮮民主主義人民共和国だ。

中国と北朝鮮は冷戦時代、ともに共産主義陣営に属し、朝鮮戦争を戦った「盟友」だ。日本や韓国と北朝鮮の間に、人の往来はないが、中国と北朝鮮の間には定期便が飛び、人的往来が今も続いている。そのため、日朝協議などはお互いの国から行き来しやすい、中国国内(北京や瀋陽など)で行われることが多い。日本の報道機関の北京支局や、北京の日本大使館に、朝鮮語を使いこなせる人員が配置されているのはそのためだ。ただし、テレビ朝日中国総局の3人の記者に、朝鮮語を使えるものはいないので、朝鮮族の助手と協力して、取材活動を行うことになる。

北朝鮮関連で、取材する機会が最も多いのは、北京首都空港の第2ターミナルだろう。ここは北朝鮮の航空会社「高麗航空」の定期便が発着する場所で、要人の往来などを確認するために、我々報道陣も定期的に取材に行っている。面白いのは、このターミナルには、韓国からの航空便も発着しており、まさに「北」と「南」から中国に来る人間たちが交差する場所となっていることだ。

ある時など、北朝鮮の要人を待ち構えている我々のテレビカメラの横に、韓流スターの追っかけと思われる若い女の子が陣取ることもあった。カラフルな服で着飾った韓流スターと、地味な色のスーツに身を包み、金正日バッジをつけた北の要人が、共存する場所は、世界広しといえども、ほかにはないだろう。両者のあまりのギャップに、南北分断の長い時間を感じざるを得なかった。

そんな朝鮮半島を含めた東アジア情勢に、いま大きな変化が起きている。日本と北朝鮮の対話が進む一方で、中国と韓国が接近の度合いを強めているのだ。

日本と北朝鮮の対話は、今年3月に中国東北部・瀋陽市内で開かれた日朝赤十字協議から始まった。私も取材したが、北朝鮮の政府担当者から、「皆さんも(取材が終わったら)一杯やってくださいね」と、記者をねぎらうような言葉をかけられたことが、非常に印象に残っている。

そこから日朝政府間協議の再開→北朝鮮による拉致被害者を含めた再調査の確約→日本独自の制裁の一部解除と、とんとん拍子に話が進んでいる。夏の終わりごろには、北朝鮮の調査結果の第一弾が発表される予定で、安倍総理訪朝のうわさが、いろんな場所で飛び交っている状況だ。

一方、現在の中国と北朝鮮の関係は“微妙”だ。北朝鮮の3代目の最高指導者、金正恩第一書記は、就任して2年以上になるが、いまだ中国を正式訪問していない。それどころか、去年12月には、中国との関係が深いとされる、側近の張成沢(チャン・ソンテク)氏を粛正するという暴挙に出た。核やミサイルの問題に関しても、中国の忠告に「われ関せず」の姿勢で、習近平国家主席にとっては、悩みの種だろう。

対照的に、中国と韓国は「戦後最も仲がいい」と言われている。7月初め、習近平国家主席は中国の最高指導者としては極めて異例なことに、北朝鮮よりも先に韓国を訪問した。韓国にとって中国は最大の貿易相手国であり、「歴史問題」などで、ともに日本に対抗しようという動きもある。
ただし、私も同行取材をして感じたことだが、両国間には、まだ微妙に温度差があるというのが実情だろう。

韓国の最大のジレンマは、安全保障をアメリカに頼っているという現実だ。経済は中国、安保はアメリカと、二股外交を続けていけば、いずれはどこかで限界がくるのは明白だろう。さらに、長い歴史を通じて中国大陸からの脅威を受け続けてきた韓国の国民には、中華民族に対する反発があることも事実だ。ある経営者は、「商売をしなければいけないから中国語を勉強しているけど、日本の方が中国より好きだよ」と、率直に語ってくれた。

「近くて遠い」。東アジア情勢を語る上で、これまで何度も口にされてきた陳腐なフレーズだが、その状況は根本的には変わっていない。それどころか、心理的な距離がますます遠ざかっているような感覚さえある。

去年12月、ユネスコの無形文化遺産に、日本の「和食」が選ばれた。実はその時、同時に韓国の「キムチ」、中国の「珠算(そろばん)」も、無形文化遺産に選ばれていた。テレビ局の人間として自戒も込めて言うが、自国の文化については大きく報道しても、他国の扱いは小さくなってしまいがちだ。でも、よく考えたら、キムチだって、そろばんだって、日本人の生活に欠かせない。大切なのは相手との違いを理解したうえで、尊重することだろう。

日本、中国、韓国、北朝鮮、東アジアの4つの国が、「近くて近い」国になる日がくることを、願ってやまない。


Noriaki Tomisaka

投稿者について

Noriaki Tomisaka: 1976年8月27日福井県生まれ(辰年、乙女座、B型) 1994年 京都大学法学部入学 1999年 テレビ朝日入社 朝のワイドショー(「スーパーモーニング」)夕方ニュース(「スーパーJチャンネル」)などのAD・ディレクターを担当 2007年〜 経済部にて記者職を担当 農林水産省、東京証券取引所、財務省などを取材 2011年9月〜 北京・中国伝媒大学にて留学生活を開始(〜2012年夏まで)