オーストラリア、オーストリア、アゼルバイジャン、ブラジル…
アジアの国が多いが、アフリカやヨーロッパの国の名前も見える。実はこの日、中国主導で設立される「アジアインフラ投資銀行(以下AIIB)」の、第4回の設立準備会議が行われていた。
AIIBという、聞きなれない銀行の名前を習近平国家主席が初めて口にしたのは、2013年10月。それから1年後、北京で行われた設立覚書の合意式典には、ASEAN諸国を中心に、21か国が参加した。
「所詮は中国主導の国際金融機関。海のものとも、山のものともわからない(国際金融筋)」
そのころまでは静観の構えを見せていた日本政府だったが、今年に入って状況が大きく変わった。3月にG7(主要7か国)の一角であるイギリスが参加を表明、フランス、ドイツ、イタリアも後に続き、ドミノ倒しのように、加盟ラッシュが起きたのだ。最終的に、創設メンバーに申請した国の数は、57か国にまで膨らんだ。
はたして、AIIBとはどんな金融機関なのか?入ったほうが得なのか、入らないほうが得なのか?
日本はアメリカとともに創設メンバーへの申請を見送ったが、いまも賛否両論かまびすしい。設立準備会議はマスコミ非公開だったが、それでも多くの日本メディアが金融街のホテルに集まった。いやむしろ、加盟申請をしていない日本のメディアだけが、必死に取材を試みていたというのが、的確な表現だろうか…
「今は設立協定について話し合っている段階だけど、すべて順調だよ。」
会議を終えた東南アジアのある国の担当者は満足げな表情でこう答えた。
また、南アジアのある国の担当者は、AIIBにおける中国の役割に、不安はないと言い切った。
「中国は発展途上国のリーダーだ。我々は中国の主導的な役割を期待している」
一方、欧州各国の担当者は取材に対いて口を堅く閉ざした。AIIBは5月にも、シンガポールで会議を行い、6月末までに設立協定をまとめる予定だ。
現時点までに、日本がAIIBに加盟しない理由は大きく二つある。
一つは、日米が主導する「アジア開発銀行(=ADB)」が既に存在するからだ。AIIBとADBがどう住み分けるのか、果たして共存できるのか、そのあたりがいまいちはっきりしない。
そしてもう一つは、運営の仕組みに、透明性を欠くという理由だ。日本がAIIBに参加する場合、国力に見合うだけの出資金が必要となるが、その額は3000億円~6000億円と言われている。それだけ巨額の資金を出しても、中国に都合よく使われてしまうだけではないかという懸念が、いまだ払拭しきれていない。
「AIIBの運営基準の透明性に問題はありませんか?」
中国政府系シンクタンク主催の勉強会で、私は率直な疑問をぶつけてみた。
すると、そのシンクタンクの女性所長からは、非常に明快な答えが返ってきた。
「なぜまだ出来てもいない銀行の基準が『不透明』だとわかるのですか?心配なら参加すればいいでしょう。参加もせずに批判ばかりするのは間違いです。それに、AIIBとADBは完全に異なるものです。アメリカの基準を取り入れているADBと違い、AIIBはアジアにふさわしい基準を作ろうとしているからです。」
エキサイトしてきたのか、声が大きくなる。
さらに畳み掛けるように、日本こそAIIBに加盟すべきだと、私に向かって促した。
「日本はアジアという大きな市場に、必ず参入しなければならないでしょう。アベノミクスは3本の矢だといいますが、AIIBへの加盟が、まさに4本目の矢となるでしょう!」
アベノミクスの4本目の矢かどうかは別にして、中国側が日本の加盟を切望しているのは、たぶん偽らざる本音なのだろう。日本にはこれまで開発金融の舞台で活躍してきた経験が豊富にある。それに加えて、国際的な信用度は、中国より格段に高い。習主席がインドネシアで、安倍総理と2度目の首脳会談を行った背景には、AIIBについて日本の加盟を促す意味も大きかったと思われる。
「創設メンバーにならなくても、日本の重要性は全く変わらない。じっくり待って考えればいい」
ある日本の関係者は、AIIBに加盟しないからといって、いま焦る必要は全くないと話した。中国は大国としての大きなビジョンを語ることは得意だが、それをうまく運営するソフトパワーが追いついていないというのが、彼の分析だ。
ただ日本も、様子見を決め込むだけでは無責任だ。巨大なアジアのインフラ需要に対して、どのように貢献し、どのようなリターンを得ていくか。そのビジョンを固めたうえで、必要ならAIIBに加盟すればいい。中国と日本は世界で2位と3位の経済大国だ。その2つの国が、お互いに排除するのではなく、補完しあう関係を、金融の舞台でも作り上げていってほしい。
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Noriaki Tomisaka: 1976年8月27日福井県生まれ(辰年、乙女座、B型) 1994年 京都大学法学部入学 1999年 テレビ朝日入社 朝のワイドショー(「スーパーモーニング」)夕方ニュース(「スーパーJチャンネル」)などのAD・ディレクターを担当 2007年〜 経済部にて記者職を担当 農林水産省、東京証券取引所、財務省などを取材 2011年9月〜 北京・中国伝媒大学にて留学生活を開始(〜2012年夏まで)